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「悲愴」を聴く9・・・ロシアの指揮者たち1 ムラヴィンスキー2
今回はムラヴィンスキーの3種の録音を紹介します。

・レニングラードフィルハーモニー管弦楽団
(1956年 6月 ウィーンコンツェルトハウス大ホール スタジオ録音)
ムラヴィンスキーの西側楽旅の際、ウィーンで録音された演奏。録音はモノラルながら
鮮明です。細かな部分まで計算し尽くした緻密にして壮大な名演。ヴィヴラートをたっぷりつけた金管の咆哮や、地の底から湧き上がる低音部分の重厚さなど、ロシアのオケの特徴を充分に生かしながら、あえてローカルさに陥ることもなく西洋風の洗練さも見せています。
第1楽章の第2主題に入る直前に段階的にテンポを早めたり、220小節目に書かれたディミヌエンドを少し手前からかけ始めるなど、楽譜に示されたテンポ設定をあえて無視する部分もありますが、楽想の流れに無理は感じられません。
特に第1楽章のアレグロ・ヴィヴォの凄まじい速さに一糸乱れぬアンサンブルを見せるオケのうまさは、第2楽章の美しい歌と共に印象に残りました。

・レニングラードフィルハーモニー管弦楽団
(1960年 11月7〜9日 ウィーンムジークフェライン スタジオ録音)
56年録音と同様、ウィーンでの演奏旅行時に録音された演奏。
「悲愴」の代表的な演奏として、未だにトップの座を占めている歴史的名演。
冷静沈着、細部にまで神経を行き届かせながら終楽章に大きな頂点を設定し、壮大な建築物を構築していくムラヴィンスキーの確信に満ちた指揮ぶりに、ただただ圧倒されるのみです。
残響の多い録音は、多少細部の明瞭度を欠きますがステレオ録音の効果は充分に出ています。テンポ設定は56年録音と大きな差はありませんが、より自然な動きを見せています。第2楽章の終結部の独特のタメをみせつつ後に心を残しながら終わる部分など、完全に名人の域に達しています。
第3楽章のクライマックス直前で、弦楽器の低音部から順に正確無比な細かな刻みを見せながら登りつめていく部分など、あまりの凄さに聴いていて鳥肌が立ってきました。第4楽章は曲全体の壮大な頂点で、計り知れない巨大さと逞しさをこれほど明確に音化してしまう演奏は、感傷的に演奏されがちなチャイコフスキーの音楽を、もはや超えてしまったかのような印象を持ちました。
この録音の楽器配置は、通常の1stヴァイオリン、2ndヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスの配置で録音されていますが、いくつか残されたムラヴィンスキーの演奏の映像を見ると典型的な19世紀風の対向配置です。
おそらく当時の録音プロデューサーの要請で変更したのだと思いますが、対向配置だったならば、よりムラヴィンスキーの演奏の意図が明確になったかもしれません。

・レニングラードフィルハーモニー管弦楽団
(1983年 12月24日  レニングラード  ライヴ録音)
  ムラヴィンスキー晩年のライヴ。楽器配置は、1stヴァイオリン、後ろにコントラバス、チェロ、ヴィオラ、2ndヴァイオリン、といった対向配置で、チャイコフスキーの意図した1stヴァイオリン、2ndヴァイオリン、の掛け合いが実に効果的に再現されています。 
演奏は、60年録音をさらに洗練させた純粋に結晶化した演奏。引き締まった造詣感覚にますますの磨きがかかった印象です。今まで見せていたムラヴィンスキー独特のテンポの動きは、ほとんど姿を消し、多くの部分で楽譜に忠実な演奏となっています。
その一方で、第4楽章の頂点に登って行く直前(110小節)でテンポをガクンと落とすなど、スタジオ録音では見られなかった即興的な動きも見せていました。
  ムラヴィンスキーの他のどの演奏によりも優美で感傷的な第2楽章の表現、第1楽章や第4楽章の慟哭ともいえる感情の起伏の激しさなど、今までとは異なった境地を見せた演奏でした。
 
(2003.03.02)
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