|
|
今回は、機械録音から4チャンネルまでの長い録音歴のあるストコフスキーの演奏を 紹介します。 「レオポルド・ストコフスキー(1882〜1977)」 ポーランド系イギリス生まれの名指揮者。 フィラデルフィア管弦楽団の音楽監督として、このオケを世界最高水準に引き上げました。映画や録音に非常に熱心で、「オーケストラの少女」やデイズニーの「ファンタジア」にも出演しています。 オーケストラの配置や録音に対する研究も熱心で、現在の一般的な近代オーケストラ配置はストコフスキーが考案したものです。95才まで現役で多くの録音を残しました。 「悲愴」が作曲されたのはストコフスキーが11歳の時でした。ストコフスキーにとってチャイコフスキーはいわば同時代の作曲家ともいえそうで、オーケストラ録音が珍しかった20世紀初めに、いち早くフィラデルフィア管と「悲愴」を部分的に録音を残しています。 ・1917年 12月 第3楽章 未発売 ・1919年 5月 第2楽章 未発売 ・1920年 12月 第3楽章 未発売 ・1921年 2月 第3楽章 未発売 ・1921年 4月28日 第3楽章 ・1925年 12月 8日 第1楽章のテーマ 初めの頃の録音が軒並み未発売なのは、マイクロフォンによる電気録音以前のメガホンのようなラッパを用いた機械吹き込みでは、ストコフスキーの満足するような結果が得られなかったからだと思います。 全曲録音としては、 ・全米青少年オーケストラ 1940年 11月16日 スタジオ録音 ・ハリウッド・ボウル交響楽団 1945年 7月25日 スタジオ録音 ・ロンドン交響楽団 1973年 4月21日 ライヴ録音 ・ロンドン交響楽団 1973年 9月 スタジオ録音 以上の4つの録音が出たことがありますが、フィラデルフィア管弦楽団との全曲録音がないのは不思議な気がします。 今回はハリウッド・ボウル響とロンドン響の二つのスタジオ録音を聴いてみました。 ・ハリウッド・ボウル交響楽団 (1945年 7月25日 ロスアンゼルス スタジオ録音) フィラデルフィア管弦楽団を辞任したストコフスキーは、全米青少年オーケストラやニューヨークシティ響の創設、一時はNBC響やニューヨークフィルの指揮者陣にも名を連ねるなど、いささか焦点の定まらぬ印象があります。1945年にはハリウッド郊外で夏に開催される音楽祭のオーケストラ、ハリウッド・ボウル響の音楽監督に就任しました。 ハリウッド・ボウルとはハリウッド郊外にある収容能力2万人以上の巨大な野外音楽堂のことで、1927年に建設され、夏の間にクラシックのみならずジャズやポップスなどのさまざまなコンサートが開かれています。 ハリウッド・ボウル響は、この音楽祭に登場するオーケストラですが、実体はロスアンゼルスフィルだったり、フリーランスの優秀な音楽家の集団であるグレンディル響だったりしているようです。特に当時はハリウッド映画が全盛の時であり、高額のギャラが得られる映画音楽の録音のために世界中から優秀な演奏家が集まり、水準はかなり高かったようです。 この演奏は、悲劇性とは無縁の濃厚なストコフスキー節が出た極めて楽天的な演奏でした。 第1楽章冒頭から強弱を無視したものものしさで始まります。第2主題の甘い映画のラヴシーンのような歌わせ方、展開部以降でのテンポの大きな揺れ、派手に盛り上がるクライマックス。思えばこのような解釈でしか、当時の戦勝気分に沸くアメリカ社会には受け入れられなかったのかもしれません。 木管を弦楽器に重ねるのは、各所で見られますが、ここぞというクライマックスで、 オクターヴ上げたヴァイオリンが歌いまくるのには、閉口してしまいました。また同一のフレーズを繰り返す部分でのカットもあります。 第4楽章アンダンテ直前のリテヌートで、3拍めからトランペットを木管に重ね、4番ホルンのゲシュトップ直前の大ブレーキにも印象に残ります。 ・ロンドン交響楽団 (1973年 9月 5,7,10日 ロンドン ウォルサムストウホール) ストコフスキー最晩年のスタジオ録音。確かLP発売時には、各楽章の切れ目がなく プレスされていたように記憶しています。CDでも連続して演奏されています。 基本的な解釈は、旧盤と大きな差はありませんが、ヴァイオリンの1オクターヴ上げ、 強弱、楽器の改変などかなり徹底しています。しかしこれらはスコアを見ていて初めて気がつくことで、第3楽章も20小節近くのカットがあるのに、通してさらっと聴くだけでは何も違和感がなく聞こえて来るのが不思議でした。 第4楽章旧盤で木管の音型にトランペットを重ねていた部分は、トランペットののばしのみ加筆。第1楽章の最大の見せ場280小節目に、ホルンにタタータン・タタータンと大きな雄叫びを上げさせているのと、第2楽章のチェロのグリッサンドを極端に強調させているのには思わず苦笑。 しかしここまで徹底するとある種の凄みを感じるのも事実で、この時ストコフスキーは実に93歳、音楽に停滞感は感じられず、若々しいチャレンジ精神に満ちた演奏ともいえそうです。巨匠の至芸に脱帽。
(2003.05.25)
|
|