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「悲愴」を聴く17・・・クリップスとケンペン
今回は、本拠地のホール名がそのままオーケストラの名称となった二つの名門オケ、
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団とチューリヒ・トーンハレ管弦楽団に
による、二人の指揮者による「悲愴」です。

「ヨゼフ・クリップス(1902〜1974)」

ウィーン生まれ、20世紀前半はウィーンフォルクスオパーやシュターツオパーで活躍し、第二次世界大戦で大打撃を受けた国立歌劇場の再建に尽力するなど、ウィーンの音楽界に大きな貢献をしたクリップスでしたが、その後フルトヴェングラーやカラヤン、クナッパーツブッシュらの巨人たちのウィーンでの活動時期とモロにぶつかり、次第にウィーンでの活動の場が狭められてしまいました。晩年はイギリスやアメリカが主な活躍の場となりました。

・チューリヒ・トーンハレ管弦楽団
(1960年 10月 チューリヒ・トーンハレ スタジオ録音)
楷書風できっちりとしていながら、ほどよいロマンティックさを見せた見事な演奏です。
クリップスのチャイコフスキーには、第5番の素晴らしい名演もありますが、こちらもそれに劣らぬ名演。
ワーグナーやブラームスが指揮台に立ったチューリヒ・トーンハレのオーケストラは、響きの点で幾分の線の細さを見せますが、なかなか健闘していて、第1楽章の展開部の早い部分の迫力もなかなかのものです。
全体に明るくのびやかにオーケストラを歌わせた明朗な演奏で、何よりもテンポ感が実に自然。テンポの上で効果を狙った部分は、第3楽章の終結部のアッチェレランドくらいで、他はほぼ楽譜に忠実でした。
中でも第2楽章終結部、弦のピチカートの間の取り方など絶妙で、完全に名人の域です。
悲愴感漂うドロドロとした演奏とは対極にある演奏ですが、60年という録音年を考えれば、時代を先取りをした現代的な演奏だと思います。
今回聴いたのは、LP期の世界的な通信販売組織のコンサートホール・レーベルの古いLPでしたが、チューリヒ・トーンハレの豊かなホールの響きをうまく捉えた名録音でした。
クリップスは出来不出来の大きな指揮者ですが、これは正直言って予想外の素晴らしい演奏でした。

「パウル・ファン・ケンペン(1893〜1955)」

オランダのライデン生まれ、ヴァイオリンを学び17歳にしてアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団のコンサートマスター。その後指揮者に転じ、1934年から1942年までドレスデンフィルの常任指揮者。将来を嘱望されていましたが、第二次大戦中にナチに協力したといわれ、戦後は演奏活動禁止処分となってしまいました。
禁止処分を解かれた後は、ヒルヴェルサム放送響やアーヘン歌劇場の音楽監督となりましたが、実力のわりには不遇だったと思います。
ケンペンの芸風は、推進力のある男性的で力強さが特徴で、チャイコフスキーなどのダイナミックな曲には抜群の演奏を聴かせました。幸いにしてベルリンフィルやアムステルダム・コンセルトヘボウ管など、当時の超一流のオケを振った録音が、フィリップスの優秀な録音技術によって残されています。

・アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
(1951年5月21日〜23日 アムステルダム・コンセルトヘボウ スタジオ録音)
なによりも、黒光りするようなドスの聴いたオーケストラの響きとアンサンブルの精密さが素晴らしい演奏です。これらの特徴をうまく捉えた当時のフィリップスの録音技術陣も実に優秀。
硬質で低音を効かせた重心の低い演奏で、この響きの重さは、ロシア的というよりもドイツ的な重厚さが感じられました。ケンペンの指揮も、虚飾を廃し毅然とした品格が感じられます。基本は楽譜に忠実なインテンポが全体を支配していますが、第1楽章の終盤や第2楽章中間部でぐっとテンポを落したり、フレーズの頭の部分のアクセントを極端に強調するなど、ケンペン独特の個性を見せていました。
1拍目を強調し一歩一歩踏み固めるような第3楽章は完全にミリタリー調で、時代を感じさせてしまいます。これは人によって好き嫌いが分かれるかもしれません。
(2003.04.21)
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