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「ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908〜1989)」 20世紀指揮者界の帝王カラヤンは、膨大なレコーディングを残し、生前本人が発売を認めた録音としては、アルバム数にして実に481枚を数えます。この中でライヴ録音はマーラーの交響曲第9番の1曲のみで、カラヤンがいかに完璧を目指しスタジオ録音を重視していたかがわかります。 カラヤンの録音歴の特徴としては、同じ曲を何度も繰り返し録音していることです。ベートーヴェンの交響曲全集は4種類、中でも「悲愴」についてはスタジオ録音7回、映像2種類を数えます。カラヤンのディスコグラフィーを丹念に調べたわけではありませんが、おそらく7回以上繰り返して録音を行った曲は他にはなく、「悲愴」はカラヤンにとって 特別な曲だったようです。 現在入手可能なカラヤンの「悲愴」は以下の10種類です。 ・ ベルリンフィル 1939年4月15日 スタジオ録音 ・ ウィーンフィル 1948年11月4〜6、8〜10日 スタジオ録音 ・ NHK交響楽団 1954年 4月21日 ライヴ録音 ・ フィルハーモニア管弦楽団 1955年5月 1956年6月 スタジオ録音 ・ ベルリンフィル 1962年2月11、12日 スタジオ録音 ・ ベルリンフィル 1971年9月 スタジオ録音 ・ ベルリンフィル 1973年12月 映像収録 ・ ベルリンフィル 1976年5月 スタジオ録音 ・ ウィーンフィル 1984年1月 スタジオ録音 ・ ウィーンフィル 1984年3月 映像収録 この中でN響とのライヴは、カラヤンの死後日本国内だけで発売されました。 他にもFMのエアチェックから製作された海賊盤ライヴが何種かありますが、 今回は正規盤のみを取り上げます。 ・ベルリンフィルハーモニー管弦楽団 (1939年 4月15日 ベルリン スタジオ録音) ドイツポリドール社が、前年の1938年に同じベルリンフィルを振って録音されたフルトヴェングラーのHMV録音に対抗するため、当時売りだし中の新進気鋭のカラヤンを起用した録音。 カラヤンにとっては初めての交響曲録音であり、ベルリンフィルとの記念すべき初録音となりました。カラヤンは前年の9月に初めてベルリンフィルの指揮台に立ち、この録音前日のベルリンフィルとの演奏会が2回目の登場でした。 (ハイドンの交響曲第103番、ドビュッシーの「海」そして「悲愴」というプログラム。) 当時「悲愴」にはHMV社のフルトヴェングラー盤、テレフンケン社のメンゲルベルク盤という今でも現役の圧倒的な名盤が存在していて、その中で未だ駆け出しのカラヤンを「悲愴」の録音に起用したドイツポリドール社も、随分と思いきったことをしたものです。 スピーディな中にオーケストラをうまく乗せ、良く歌わせた演奏。後年のカラヤンの大きな特徴であったレガートを多用した歌わせ方は既に随所に見られます。ベルリンフィルの重厚な響きも効果的で、第2楽章で優雅さの中にビシっと決める低音弦楽器の響きなど、心地よいものがあります。 ただ、駆け出しの指揮者の悲しさ、たった1日での全曲録音のため詰めの甘い個所もありました。第1楽章の展開部で一部の弦楽器の飛び出し、トランペットの音も潰れてしまっています。通常ならば、取り直しをするところだと思います。 第3楽章はインテンポの中に音の強弱を極端に付けるという実に判り易い解釈ですが、多少演出がミエミエなのが惜しいと思いました。 全体としては、聴いていて実にノリの良い演奏で、とても30才そこそこの指揮者とは思えない完成された音楽がここにありました。 ・ウィーンフィルハーモニー管弦楽団 (1948年 11月4〜6、8〜10日 ウィーンムジークフェライン スタジオ録音) 第二次世界大戦は、ドイツ・オーストリアを活動の本拠としていた多くの指揮者たちに 大きな影響を与えました。ワルターやクライバーのように海外に亡命した指揮者もいましたが、フルトヴェングラーやメンゲルベルク、カラヤンのように、そのままドイツに留まって活動を続けた指揮者もいました。彼らは戦後ナチへの協力の疑いを掛けられ、戦犯として裁かれる立場となり、その結果彼らの多くは演奏活動を禁止されることとなりました。メンゲルベルクのように演奏禁止を解かれないまま亡くなってしまった指揮者もいれば、フルトヴェングラーやカラヤンのように録音活動だけを許された指揮者もいました。 ウィーンフィルを振ったカラヤンの戦後まもない時期の一連の録音は、このような時期に録音されています。 40代となったカラヤンの「悲愴」。オーケストラの歌わせ方のうまさは相変わらずですが、緊張感に満ちたピアニシモから凄まじい盛り上がりを見せるフォルティシモ、随所に見られる劇的な演出が加わり更にパワーアップした演奏です。 整然としたアンサンブル中に、嵐のような荒々しさを感じさせる第3楽章など実に素晴らしい演奏です。第2楽章では、中間部を止まりそうなほどにテンポを落とし3拍目のアクセントを極端に強調、終盤でテンポを徐々に上げて終わるなど、この盤特有の解釈も見られます。全体の印象としては、カラヤンの「悲愴」の中では、最も感情の起伏の激しさが出た演奏と言えそうです。 なお今回は外盤の復刻LPと国内のLP復刻盤で聴きましたが、100円ショップで有名なダイソーからも100円CDで出ています。 しかしダイソー盤はピッチが怪しい上に、妙なイコライジングをかけてしまっているために全く別物の演奏になっているので注意が肝要です。
(2003.05.05)
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