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「展覧会の絵」を聴く15・・・クーゼヴィッキーとトスカニーニ
今回から、いよいよラヴェル版の紹介です。まず第1回はラヴェルとほぼ同時代の二人の大指揮者、クーゼヴィッキーとトスカニーニ。

「セルゲイ・クーゼヴィツッキー(1874〜1951)」
ロシア生まれ、父はユダヤ人の音楽家で、9才から地元のオーケストラでヴァイオリンを弾き、その後世界的なコントラバス奏者としてヨーロッパを中心に活躍しました。
やがて指揮者に転向、1908年にはベルリンフィルの指揮台にも立っています。
ロシア革命を逃れ、1920年から活動の本拠をパリに移しラヴェルやドビュッシー、オネゲルと親交を結びました。「展覧会の絵」はこの頃の所産です。
1924年から、ボストン響の音楽監督。ストラヴィンスキー、バルトーク、ヒンデミットなどの
作曲家たちに数多くの新作を委嘱し、初演まで行っています。
とにかくクーゼヴィッキーがいなければ、20世紀の数多くの名作は存在しなかったといえます。

クーゼヴィッキーの「展覧会の絵」には、1930年と1943年の録音があります。
いずれもオケは、ボストン交響楽団。

・1930年10月28日〜30日   スタジオ録音
記念すべきラヴェル版の初録音。歴史的な意義だけではなく演奏としても立派なものです。時折見せる古めかしいポルタメントは、当時の演奏スタイルを反映していますが、全体的には端正ですっきりした現代的な演奏。
特に深い陰影を見せた「古城」でのサックスの素晴らしい音色と、当時全米ビックスリーの一つボストン響の素晴らしい合奏能力が聞き物の1枚です。「キエフの大門」の後半で自然にテンポを上げて、大きなクライマックスを築く手腕はなかなかのもの。

・1943年10月9日 ライヴ録音。
演奏は「展覧会の絵」全ての録音中トップを争う名演。しかし「古城」「ヴィドロ」をカット、プロムナードも始めの2曲のみ、これは実に残念です。
この演奏は、細部の歌い回しと楽想が変化する直前のちょっとした休止の取り方が実に雄弁で、たとえば「殻をつけた雛鳥の踊り」では、フェルマータ直前の入りに微妙な間を置き、絶妙の効果を獲得しています。30年盤に比べて早いテンポの疾風のように流れる演奏。ひたすら押し寄せる怒涛の終曲の一糸乱れぬボストン響のアンサンブルも素晴らしい演奏です。


「アルトゥーロ・トスカニーニ」
20世紀の指揮者界をフルトヴェングラーと二分するイタリアの巨匠アルトゥーロ・トスカニーニ。トスカニーニには以下の4つの録音があります。

@ 1938年、1月29日 NBC響  ライヴ
A 1948年 9月16日 スカラ座管 ライヴ
B 1953年 1月24日 NBC響  ライヴ
C 1953年 1月26日 NBC響  スタジオ録音 
今回は?@、?A、?Cの3つの録音を聴いてみました。
驚いたのはそれぞれが全く異なるスタイルの演奏で、楽譜の改変も三者三様。

・NBC交響楽団(1938年  ライヴ録音)
ニューヨークでのライヴです。3つの録音の中では最も遅いものものしい演奏。
冒頭のプロムナードの終結部で「グノーム」に入る直前で大きくテンポを落としたり、「古城」でテンポを揺らしたりといった、テンポの動きが大きな演奏でした。
「キエフの大門」後半のティンパニは全てトレモロ、三番目のプロムナード冒頭ではトランペットを休ませていますが、これは単に落ちただけかも。「カタコンブ」でも一瞬金管が腰砕けになる部分があり、はっとさせられますが、すぐに持ち直し、快適なテンポの「ババヤーガの小屋」に突入します。

・スカラ座管弦楽団(1948年ミラノでのライヴ)
古めかしさはあるが、強靱な意思の力を感じさせる明るくカンタービレのきいたもの。
「ヴィドロ」のチューバがホルンのような独特の軽い音色でした。
「サムエル・ゴールデンベルクとシュミイレ」でトランペットソロが大きく、ずれたりしているライヴならではの事故はありますが、スカラ座管のアンサンブルは、トスカニーニに大きな共感を見せ、熱っぽい緊張感溢れた演奏を展開していきます。
特にシンバルの強打を追加した「キエフの大門」での盛り上がりは強烈で、実演で聞いたら、
さぞ感動したであろうと思わせる演奏。終演後の聴衆のすさまじい熱狂ぶりも収録されていました。

 NBC交響楽団(1953年カーネギーホールでのスタジオ録音)
モノラル時代のこの曲の代表盤。他の2つの演奏とは、スタイルが異なりますが、確固たる造型、凝集され無駄のない筋肉質の演奏です。
印象に残ったのは。「チュイリー」での子供を慈しむような優しさに満ちた表現、謹厳なトスカニーニにこんな優しい一面があったとは。
「ヴィドロ」では、中間部分のただ1音の頂点に狙いを定め、目標に向かってテンポを次第に上げクレシェンドする様は凄まじいものです。頂点を極めた後の落とし方も実に鮮やか。また、ラヴェル版に多少手を加えていて、「サミエル・ゴールデンベルクとシュミイレ」後半のホルンののばし加筆、「グノーム」にもトランペットパートにトロンボーン加筆、「キエフの大門」で段階的に盛りあがる直前には、ティンパニのクレッシェンドを加筆しています。録音も水準以上で、大きな演奏のきずもなく、トスカニーニの「展覧会の絵」ではベスト。
(2002.03.11)
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