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これからさまざまなラヴェル版「展覧会の絵」を紹介していきます。前回はまず別格の存在として、ラヴェル版の初演者クーゼヴィッツキーと、ラヴェルの同時代者としてトスカニーニの演奏を紹介しました。 今までいろいろな演奏を聞いてみた結果、演奏の視点をラヴェル側に置くかムソルグスキー側に置くかによって、曲に対するアプローチが大きく違うように思いました。 これからはラヴェルの色合いに重きを置いたフレンチスタイルの演奏、ムソルグスキーに視点の重さを置いたロシアスタイルの演奏、そして以上のどれにも属さないその他のスタイルの演奏といった3つの大きな区分けで紹介していきたいと思います。 今回はフレンチスタイルの演奏として、エルネスト・アンセルメの録音を紹介します。 「エルネスト・アンセルメ(1883〜1969」 ドビュッシー、ラヴェル、ストラヴィンスキーと親交を持ち、バッハからバルトークに至る膨大な録音を残したスイスの名指揮者エルネスト・アンセルメ。 ローザンヌ大学の数学科教授から指揮者に転身したアンセルメは、理知的で明晰な演奏を聴かせ、特に近代フランス音楽やロシア音楽の演奏は、デッカの優秀な録音の恩恵もあり、かつてはその曲のスタンダードな名演奏として高い評価を受けていました。 アンセルメの「展覧会の絵」は以下の4つのスタジオ録音があります。 @ 1947年、1月29日 ロンドン交響楽団 A 1953年 12月 スイスロマンド管弦楽団 B 1958年 1月24日 スイスロマンド管弦楽団 C 1959年 1月26日 スイスロマンド管弦楽団 @、?A、はモノラルです。今回は以上の4つの録音を聴いてみました。 ・ロンドン交響楽団(1947年録音) アンセルメ第一回の録音となった演奏です。当時としては優秀な録音ですが、演奏はロンドン響の不調もあり、いまひとつの出来。 この頃のロンドンのオーケストラ界は、アメリカから帰国した指揮者ビーチャムによるロイヤルフィルの再結成とEMIの敏腕プロデユーサー、ワルター・レッゲによるフィルハーモニア管の創設が重なった時期で、優秀なプレーヤーの多くはこの二つのオーケストラに流れたようです。このあおりを受けたこの頃のロンドン響の演奏は、いまひとつ精彩を欠くものが多く、このアンセルメの演奏も細部でアンサンブルの精度を欠く部分が散見されます。「グノーム」をはじめとしたアインザンツの不揃いは、アンセルメの棒にも責任があるのかもしれませんが、「ヴィドロ」のチューバも、出だしが遅れがちになるのは困りもの。「リモージュ」も木管と弦楽器の一体感に難がありました。 アンセルメの解釈としては個性的な部分が多く、遅いテンポの「古城」は、濃厚で官能的な気配を漂わせ、あたかもアラビアンナイトの世界。「キエフの大門」では後半部分を通常の倍のテンポで演奏するきわめてユニークなもので、さらにオルガンまでも加えていました。 ・スイス・ロマンド管弦楽団(1953年) 自らが創設したスイス・ロマンド管を振った初のこの曲の録音。演奏は冒頭から極めて遅いテンポ出始まります。オケの技量は万全とはいえず、「サミエルゴールデンベルクとシュミイレ」の第2トランペットが大きく出遅れ、その影響で次の弦楽器の入りが派手にバラけています。 ここでも「古城」は素晴らしい出来、中世の古城の中で詠嘆の歌を歌う吟遊詩人の様子が見事に描かれています。最後のサックスの音を気が遠くなるほど長く延ばしているのは、「キエフの大門」のオルガン追加とともに、ロンドン響盤と共通した特徴です。 演奏全体は、きわめてゆっくりしたもので、各曲の描き分けさすがなものがありますが、「キエフの大門」になると遅すぎて間がもたない感じです。 ・スイス・ロマンド管(1958年) 国内では1959年録音が先に発売されていた関係で、長らくお蔵入りとなっていた録音。 1979年に廉価盤仕様として、初めて日の目を見ました。 演奏は前の2つとはかなり異なる淡白であっさりした演奏。あれほど粘っていた「古城」もすっきりとしています。サックスの最後の音もごく標準的な長さです。 オケに大きな破綻はありませんが、「キエフの大門」のコラール部分で突然テンポを早めたりなど、テンポ設定に不自然さが感じられました。フレンチタイプのファゴットに代表される暖色系の管楽器の音色、首席トランペット、ロンジノッティの太い響きと独特の歌い回しには抵抗を感じる人がいるかもしれません。なんとなく存在感のない影の薄い演奏でした。 ・スイス・ロマンド管(1959年) 前回の録音から僅か一年後の録音、トスカニーニやクーゼヴィッキーの演奏に比べると、 緊張感や熱気というものは感じられないですが、淡いパステル画のような独特の魅力のある演奏です。オケは高性能というわけではなく、「リモージュ」などを聞くとオケ限界の感じさせます。テンポ設定は自然で、「カタコンブ」の陰影の付け方、「ババヤーガの小屋」から「キエフの大門」にかけての自然な盛り上がりは見事なものです。ここでも終結部にはオルガンのペダル音を加えていました。アンセルメの「展覧会の絵」の中ではベストの 演奏です。
(2002.03.16)
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