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オットー・クレンペラー(1885〜1973)。このフルトヴェングラーより1才年上のドイツの指揮者は、ナチスのユダヤ人排斥や脳腫瘍、体に落ちたタバコの火を消そうとして誤って油を注いでしまった結果の全身大やけど、飛行機のタラップから転落して重度の骨折、そのあげくは精神病扱いをされるなど、並の人間ならばたちまち挫折してしまうほどの苦難に会いながら、その都度驚異的な意思の力で復活した巨人です。 音楽のことだけしか頭になくさまざまなトラブルを起こし、笑うに笑えない数多くのエピソードがあります。 今回は57年10月のスタジオ録音、同年11月と60年、56年のライヴを聴いてみました。他に64年の全曲映像も残されています。 ・ フィルハーモニア管弦楽団、フィルハーモニア合唱団、 S:ノルドモ=レフベルイ、A:ルードウィッヒ、T:クメント、 Br:ホッター (1957年10月30、31日 11月21、23日 ロンドン キングズウェイホール スタジオ録音) 第1楽章の開始からゆったりとした不動のテンポ。強固な意思の力が迸るフォルティシモも雄弁な風格溢れる演奏。第2楽章では全てのリピートを履行しているために、第3楽章より長い演奏となっています。一方の第3楽章は比較的速いテンポで端正に仕上げているので、演奏全体に冗長さは感じません。 楽譜の改変もなく、ただひたすら書かれている音符を頑固なまでに忠実に再現することに徹している演奏でした。 ここでのクレンペラーはバスとチェロを左側に配し、ヴァイオリンを左右に振り分けた古い型のオーケストラ配置を採用しています。この対向配置によって内声部の美しい絡み合い、楽器間を左右に異動する音量変化などが実に効果的に再生されます。 第4楽章も雄大な出来ですが、名歌手ホッターが意外にも不調で音程に不安定な部分があります。また曲想が変わる部分の間の取り方が唐突でスケールの小ささを感じさせてしまうのは実に惜しいと思います。 ・ フィルハーモニア管弦楽団、フィルハーモニア合唱団、 S:ノルドモ=レフベルイ、A:ルードウィッヒ、T:クメント、 Br:ホッター (1957年11月15日 ロンドン ロイヤルフェスティバルホール ライヴ録音) フィルハーモニア管の創設者であるプロディーサーのワルター・レッゲが、クレンペラーに大編成の声楽作品を録音させるため、バイロイトで活躍していた名合唱指揮者のウイルヘルム・ピッツを招いて組織したフィルハーモニア合唱団のお披露目公演となった演奏会のステレオライヴ。この録音の前後にスタジオ録音の第9が録音されています。 演奏の印象はスタジオ録音と大きな差はありませんが、テンポの振幅が大きく、聴衆を前にした演奏ということで、よりしなやかで柔軟性のある演奏となっています。 ここでテインパニとホルンの強奏が見事に決まっていますが、これは録音の取り方による のかもしれません。ホッターはここでも不調、いったいどうしたのだろう。 他の独唱者は好調ですが、ソプラノにレッゲ夫人のシュワルツコップが加われば、 なお一層華やかな演奏になったと思います。これがお披露目となった合唱はさすがに熱い演奏を聴かせ、終演後も盛大な拍手喝采を浴びています。 ・ フィルハーモニア管弦楽団、ウィーン楽友協会合唱団、 S:リップ、A:ベーゼ、T:ヴィンダーリヒ、Br:クラス (1960年 ウィーン フェストヴォッヘン スタジオ録音) 1960年クレンペラーがフィルハーモニア管を率いて行ったウィーン芸術週間での伝説的なベートーヴェン交響曲全曲演奏会チクルスのライヴ。 ギリシャ彫刻のようなアポロ的均整のとれた演奏。響きに内包した熱気は相変わらず凄まじいのですが、多少曲の運びが停滞する部分もあり、老大木のような枯れたものも感じられます。ここで第2楽章の272小節以降のテインパニに四分音符ではなく三連符に替えています。他は譜面に忠実。独唱者ではテノールのヴィンダーリッヒが素晴らしい歌唱を聴かせますが、合唱のウィーン楽友協会合唱団はアンサンブルに幾分粗さが目立ちました。 ・ アムステルダムコンセルトヘボウ管弦楽団、トーンクンスト合唱団、 S:ブルウェンステイン、A:ヘルメス、T:ヘフリガー、 Br:ヴィルブリンク (1956年 5月17日 アムステルダム・コンセルトヘボウ ライヴ録音) クレンペラーの持ち味である雄大さとエネルギッシュな推進力を兼ね備えた名演。 アクセントを極端に強調した合唱は幾分武骨ですが燃焼度の高い迫力十分の出来です。 クレンペラーの気合を入れる声も聴かれる白熱の演奏。オケも重厚充実したアンサンブルで、特に第2楽章は出色の出来。独唱者ではヘフリガー以外は馴染みのない名ですが いずれも高水準の歌唱を聴かせます。 早いテンポで進めるクレンペラーの他の第9とは演奏スタイルの異なった演奏。 これはモノラルながら録音も良く、クレンペラーの第9ではベストの演奏だと思います。
(2001.08.24)
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