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「第九を聴く」33 マーラー版・・・ティボリス
大地の歌を含む10曲の巨大な交響曲を書き上げたマーラーは、指揮者としても超一流で、ウィーンフィルとニューヨークフィルの常任指揮者を歴任しています。

残念ながら偉大な指揮者であったマーラーの指揮振りを伝える録音は残されてなく、
(かろうじて自作の交響曲第5番一部のピアノ演奏があるのみです)
今では弟子のワルターの証言や、マーラーの指揮姿を描いたいくつかのカリカチュア(風刺漫画絵)によって想像するしかありません。

マーラーは自分の作品のみならず、他の作曲家の作品を指揮する時には、いろいろと手を加えました。
ベートーヴェンの歌劇「フィデリオ」第2幕の前に「レオノーレ序曲第3番」を演奏することを始めたのはマーラーで、ベートーヴェンの交響曲を演奏する時にはトロンボーンやチューバを補強したり、モーツァルトやシューベルト、シューマンの作品にも大幅に加筆したいわゆるマーラー版として演奏しました。
それらの改変は後の指揮者にも大きな影響を与え、マーラーの後にニューヨークフィルの指揮者となったワルターやトスカニーニには、マーラー版のシューマンの録音もあり、ワルターの第九の録音には、マーラー版の影響を受けた改変が随所に見られます。

ところでマーラー版のベートーヴェンの第九ですが、マーラーは、演奏するたびにいろいろと手を加えたので、マーラー版の第九は一つではなく、いくつかの状態で残されています。また、バッハの管弦楽組曲やシューベルトの「死と乙女」(弦楽合奏版)のように、あらたにマーラー版の第九としてスコアを書いたわけではなく、従来のスコアに付け足す形で加筆を行っています。

現在録音されているマーラー版の第九には以下の二つがあります。
 ・ティボリス&ブルノフィル
 ・サミュエル&シンシナティフィル
この二つの録音は、それぞれ異なった時期のマーラー版を用いているので、細部にはいくつかの異なりがあるそうです。
今回はティボリス盤を聴いてみました。

指揮者のペーター・ティボリスについてはよくわかりません。
ニューヨークのマンハッタンフィルの指揮者で、どうやらアメリカを活動の拠点としている指揮者のようです。
CDは、マーラー版のベートーヴェンの3,5,6,7,9番の交響曲とシューベルトの「グレート」、モーツァルトの「ジュピター」、そしてチャイコフスキーの幻想序曲「ロミオとジュリエット」をタネーエフがソプラノ付きに編曲したものといった一種のキワモノの録音ばかりで、だれも録音しない曲で勝負といった指揮者のようです。

 ・ブルノ国立フィルハーモニック、ヤナーチェクオペラコーラス
  S)L.A.マイヤース、A)I.サメス
  T)J.クラーク    Bs)R.コナン
  (1991年 7月、12月 ブルノ ドゥカラ放送スタジオ)
1895年版によるマーラー版の演奏。
編成は、木管楽器は完全倍管、ホルンは8本、ティンパニは二人の奏者。
弦楽器もそれに伴い16型。ただし合唱と独唱はオリジナルのとおり。
なお他のマーラー版には、バスチューバも入りますがこの録音には入っていません。
ダイナミックレンジもオリジナルはppからffまでだったのが、ppppからffff
まで拡大、ただティボリスの演奏を聴く限りでは、あまり大きな変化は感じませんでした。

第1楽章のはじめから木管にホルンを重ね、中間部300小節以降にトロンボーンを加え、クライマックスを二人の奏者によるティンパニをダブルで叩かせるかと思いきや、401小節目からのティンパニをまるまるとカットし、室内楽的響きを得るといった音量の幅の拡大をねらった改変が随所で見られます。最後の大きなritはティボリスの解釈なのかもしれません。
第2楽章はワインガルトナーとほぼ同じの変更ですが、トリオ440小節めのホルンソロはmfから段階的に減衰してpまで弱め、最後の音にティンパニの一撃追加。
これはシューリヒトやセルもやっています。
第3楽章は大きな変化はなく、第4楽章は、5小節めからのティンパニの16分音符を8分音符に変更、こちらはマーラーの弟子のワルターもおこなっています。
この曲で一番大きな変化は、第4楽章最初のレチタティーヴのチェロとベース部分にヴィオラを重ねていることで、その結果穏やかで丸い響きを獲得していてなかなか効果的でした。

さて実際に聴いた率直な感想ですが、マーラー的な巨大な宇宙が再現されるかと大いに期待していたのですが、いささか期待外れでした。
ティボリスの安全運転に終始した指揮にも大きな責任がありますが、多少響きは厚いものの、全般的に普通の演奏です。

確かにホルン8本の威力はすさまじく、曲の終結部の上昇音型をはじめとして、随所で木管楽器と重なったホルンが他の旋律をかき消すように咆哮します。
しかしオケが巨大化した分、声楽部分が劣勢となり、このCDではバランスを補うために録音レベルに手を加えたらしく、第4楽章になると急に音像が狭くなっていました。

おそらくこのマーラー版は、マーラーのような卓越した指揮者が指揮した時のみに、その
真価を発揮するのではないでしょうか。
(2003.09.01)
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