|
|
エーリヒ・ラインスドルフ(1912〜1993) ウィーン生まれ、ウェーベルン率いる労働者合唱団の練習ピアニストからキャリアを始め、 1934年からザルツブルク音楽祭でワルター、トスカニーニの下で練習ピアニストとして修行を積んだ後に渡米しました。その後クリーヴランド管、ロチェスターフィル、ニューヨークシティオペラの音楽監督やメトロポリタン歌劇場の音楽顧問も歴任し、1962年からミュンシュの後任としてボストン響の音楽監督に就任。この時期に膨大な数の録音を残しています。1969年にボストン響から離れた後はウィーン響、ベルリン放送響の音楽監督となるなど、主にヨーロッパを中心として活躍しました。ラインスドルフは、耳の良さに定評があり厳しいトレーニングでは楽団員に対し、ズバズバと誤りを指摘したために楽団員からは嫌われていたそうです。またオペラからコンサートレパートリーまで、何でも振れる職人気質が災いして、実力のわりには日本での評価は低かったと思います。今回はボストン響のスタジオ録音とクリーヴランド管とのライヴを聴いてみました。 ボストン交響楽団 、ニューイングランド音楽院合唱団、 S:マルシュ、Ms:バッシー、T:ドミンゴ、Bs:ミルンズ (1969年 4月18〜19日スタジオ録音) ボストン響常任指揮者時代に録音された交響曲全集中の一枚。ラインスドルフといえば知的で整理された中にも、時としてピリッとしたスパイスを効かせた玄人好みの音楽造りをする人です。このベートーヴェンもウィーン風の伝統に則した音運びをしていますが、速いテンポの途中での突然の急ブレーキなどなど、なかなか聞き手の注意を逸らせない演出が聴かれます。特に第2楽章は繰り返しを全て励行しながら、第2主題の同じ部分の繰り返しには最初は譜面通りであるものの二度目はホルンを重ね、三度目はトランペットを重ねるといった、独自の改変を見せています。第3楽章は愉悦感に溢れた演奏で、こんなに楽しく演奏しちゃって良いのだろうかとも思えるほどです。第4楽章では、コーダの直前マエストーソ部分(916小節以降)の通常4小節間で通常遅いテンポで演奏する箇所を、プレスティッシモの直前の918小節あたりからテンポを急に速めるといった荒技をみせます。独唱者の中には三大テノールの一人、若き日のプラシド・ドミンゴの存在が目を引きますが、これといった特徴のない平凡な歌唱でした。譜面の改変は第2楽章の他にもバリトン独唱のテーネーはG−Fに改変、他に木管楽器を中心として、かなりダブらせているようです。合唱とオケはミュンシュ盤と同じ顔ぶれですが、厳格なトレーニングの成果でしょうか、はるかにアンサンブルの整った演奏を聴かせます。 クリーヴランド管 、合唱団、 S:ロビンソン、Ms:テイラー、T:リトル、Bs:リンツラー (1983年 8月28日 ライヴ) 70代のラインスドルフ円熟の名演です。若い頃の演奏は整ってはいるものの幾分冷めた部分があって、その点が人気のなかった原因でもあったのですが、80年代以降の晩年の演奏は、知的でよく整ったバランス感覚の優れた音楽造りに格調の高さとヒューマンな暖かさが備わったのを感じさせます。第二楽章の悪魔的ともいえる狂気乱舞、第三楽章の深く美しい表現を経て、第四楽章では全人類的な感動的な表現を獲得しています。クリーヴランド管の落ち着いた燻銀の響きも好ましい印象です。第2ヴァイオリンやヴィオラなどの内声部の歌わせ方生かし方が実に巧みで、歓喜の主題でのヴィオラの歌わせ方などしみじみと聴かせます。合唱も優秀で、第4楽章マエストーソから二重フーガにかけて圧倒的な盛り上がりです。楽譜の改変は特徴的な第2楽章も含めてボストン響とほぼ変りませんが、歓喜の主題の入り部分では、第二ファゴットをチェロ、バスパートに重ねています。バリトン独唱のテーネー部分は旧盤と同様G−Fでした。終結部のマエストーソ部分も旧盤と同じ表現ですが、テンポ運びが自然なので唐突な印象は全くありませんでした。 ヨゼフ・クリップス(1902〜1974) ウィーン生まれ、ワインガルトナーのアシスタントから始まり、ドルトムント、カールスルーエの市立歌劇場の指揮者を歴任後、1933年からウィーン国立歌劇場の指揮者。ナチスが台頭すると収容所に送られたりしていましたが、戦後フルトヴェングラーやカラヤンなどの主要な指揮者達が、演奏禁止処分にあう中でウィーンに戻り孤軍奮闘、ウィーンの音楽界の復興に力を注ぎました。しかし主な指揮者たちが戻ってくるに従いウィーンでの活躍の場を失ってしまいました。 クリップスは伝統墨守型の職人指揮者で録音も膨大な数があり、その中身は玉石混交ですが、良いオケに恵まれるとオケの特性を生かした味のある演奏を聴かせました。ウィーンフィルとの「未完成」やハイドン、コンセルトヘボウ管とのモーツァルトの一連の交響曲など、古典的なスタイルの格調高い名演です。ベートーヴェンはロンドン響との交響曲全集があります。 ロンドン交響楽団 、合唱団、 S:ヴィヴィアン、Ms:カーター、T:ペトラク、Bs:ベル (1960年 1月、6月スタジオ録音) ロンドン響との全集中の録音。国内では70年代初頭に1000円の廉価盤の全集セットとしていきなり出ました。おかげで評判になることもなく忘れられています。かわいそうなクリップス。あらためて聴いてみると、ロンドン響もうまいしクリップスの指揮も一本芯の通った緊張感のあるなかなかの好演です。テンポ運びなどに伝統的な解釈は見られますが、歌わせ方も自然で楽譜も譜面に極めて忠実です。ただ独唱をクローズアップしすぎの録音は問題で、バリトンがスピーカーの前で大口を開けている状態で再生されてしまいます。その分合唱が奥に引っ込んでしまいました。独唱者はごく普通ですが、バリトンの大仰な表現には好き嫌いが分かれると思います。他にはマーチ部分の冒頭コントラファゴットとバスドラムの遅いテンポによる重量感のある深い響きが実に印象的でした。 クリップスにはウィーン祝祭管弦楽団を振った正体不明の録音もあり、運命とのカップリングでLPが出ていました。演奏は悪くありませんが録音状態が悪すぎて20年近く前に購入したまま未だに全曲を聴き通していなかったりします。今回も再度挑戦してみましたが、あまりの盤質と録音状態の悪さに、残念ながら途中で試聴を断念せざるをえませんでした。
(2001.12.10)
|
|