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「第九を聴く」19 ドイツ正統派の指揮者たち ザンデルリングとヴァント
今回は、1912年生まれにして未だに現役、二人の長老指揮者の第九です。

クルト・ザンデルリンク(1912〜)
東プロイセンのアリス生まれ、ベルリン市立歌劇場の副指揮者の後、ナチスのユダヤ人迫害から逃れるためにロシアに亡命。ムラヴィンスキーとともにレニングラードフィルの第一指揮者にもなっています。戦後は主に東ドイツで活躍しドレスデン歌劇場管の首席、ベルリン響(旧東ドイツ)の音楽監督も歴任しました。ハイドンからブルックナー、シベリウス、ショスタコーヴィッチと幅広いレパートリーの持ち主で、それぞれが優れた演奏です。ベートーヴェンはフィルハーモニア管を振った交響曲全集があります。

   フィルハーモニア管弦楽団、合唱団、
  S:アームストロング、A:フィニー、T:ティアー、Bs:トムリンソン
    (1981年)
ロマンティックにして壮大な巨匠の第九。所々に、ヴァイオリンの1オクターヴ上げや、
木管に金管楽器を重ねています。バリトンソロのテーネーもG−Fに変えていました。
遅めのテンポですが停滞感はなく、ベートーヴェンの書いた楽想がその分明確に聞こえて来ます。演奏全体を支配している、ほの暗い雰囲気はザンデルリンク特有のもの。
第3楽章は諦めにも似た寂寥感さえ漂っています。特に素晴らしいのは、フィナーレで、密度の高い壮大な出来、vor Gottのフェルマータ部分、オケがすぐに休止する中、合唱だけが大きな塊となって響き渡る部分が実に印象的でした。独唱、合唱、オケのイギリス勢の健闘も光る名演。


ギュンター・ヴァント(1912〜)
ドイツのエヴァファールト生まれ、ケルン市立歌劇場の練習指揮者から出発し、後に音楽監督。生涯の大部分をケルンで過ごし、ケルン・ギュルツニッヒ管の音楽監督も長い間兼任しました。1982年から北ドイツ放送響の首席指揮者として数多くの録音を残しています。練習の極度に厳しいのが有名で、N響を振った時のリハーサルでレオノーレ序曲での冒頭部分だけで、30分もの練習を費やしたそうです。出てくる音楽は、ドイツの伝統に根ざしつつ、中身のぎっしり詰まった緊密なもの。

  北ドイツ放送交響楽団、北ドイツ放送合唱団、ハンブルク国立歌劇場合唱団
S:ウィーズ、A:ハルトヴィヒ、T:ルイス、Bs:ヘルマン
  (1986年5月〜6月)
厳しくがっしりとした石造りの構造物のような隙のない緻密な演奏、スリムで清潔感も感じられました。
かなり早めのテンポで一直線に突っ走る傾向もあり、第2楽章の中間部など相当の早さです。第4楽章も早めですが、所々でトロンボーンの第1拍目を強調させ独特の緊張感を
演出していました。
楽譜の改変は第4楽章歓喜の主題の第2ファゴットのみ、独唱、合唱ともに満足のできる出来でした。ところどころに見せるセカンドヴァイオリンやヴィオラのきざみやホルンなどの内声部の強調がうまく決まっています。
オケの燻し銀の響きも素晴らしく、ドイツ的な伝統と現代的なスピード感がバランス良く
ブレンドされたすぐれた演奏だと思いました。
(2001.11.03)
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