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今回は、長い芸歴の晩年に、ビゼーの交響曲の録音を残した二人の巨匠による演奏を紹介します。 「トーマス・ビーチャム(1879〜1961)」 イギリスのセントヘレンズ生まれ、製薬会社の御曹司に生まれた大富豪で、財産のほとんどを音楽に注ぎ込んでしまいました。ロンドンフィル、ロイヤルフィルはビーチャムが創設したオーケストラです。ユーモアとウィットに富み、生涯を自分の好きな音楽に没頭した人生の達人。正規な音楽教育は受けず、若い頃ビーチャム交響楽団を組織して、現場の中で独学で音楽を学びました。豊かな音楽性を持ち、数多くの優れた録音を残しています。特に当時無名だったディーリアスの紹介に尽力し、他の追随を許さぬ演奏をきかせました。 ・ フランス国立放送管弦楽団 (1959年10月29日 スタジオ録音) 春風駘蕩、ゆっくりとしたテンポながらすこしの停滞感をみせず、じっくりと歌い上げた晩年のビーチャムの名演。特に第2楽章の歌わせかたの見事さは、人生の甘さも辛さも知り尽くしたかのような大人の音楽です。単純な弦楽器のきざみの中で、調の変化に合わせて微妙にテンポを揺らしていくところなど、ほとんど名人芸の域に達しています。 他の楽章もウィットに富み、愉悦感に満ちた音楽を聴かせます。オケのメンバーが生き生きと楽しそうに弾いているのが手に取るように伝わってくるような演奏です。 第3楽章のトリオは楽譜に忠実。 「レオポルド・ストコフスキー(1882〜1977)」 95才で没するまで活発な録音活動をおこない、演奏の際は効果を上げるために楽器配置や譜面を大胆に改変し、絢爛豪華なバッハの作品のオーケストレーションや、なにかと派手な演出を施した演奏を数多く残したストコフスキーですが、私生活はきわめて地味だったそうです。最晩年にはイギリスへ居を移し、趣味の農業の合間に、ロンドンの録音用オケ、ナショナルフィルハーモニーを指揮して何枚かの録音を残しています。特に最後の時期の録音は、奇を衒わず楽譜に忠実、きわめて純粋で昇華された境地に達した素晴らしい演奏となりました。 このストコフスキーのほとんど最後の録音となったのが、ビゼーの交響曲第1番でした。 ・ナショナルフィルハーモニー (1977年 スタジオ録音) このオケは、ロンドン在住の優れたフリーランスの演奏家たちよって組織されたレコーディング用のオーケストラです。メンバーは一定せず、その時によってメンバーは変動していますが、ストコフスキーの録音の際には、主なオーケストラの首席クラスの奏者が集められたそうです。 この演奏は、膨大な数の録音を残したストコフスキーが最後に到達した境地、遅いテンポながら老いの影は全く見られず、若々しく純粋無垢で自由闊達な世界がここにありました。 楽譜にも忠実で、第3楽章のトリオも改変なし、名人揃いのオーケストラを自由に遊ばせながら自分のペースで演奏を進めていくさまは、感動的ですらありました。 特にこの曲で活躍するオーボエは秀逸。
(2002.04.21)
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