今年秋の音楽教室は9月28日。奇しくもこの翌日9月29日は、プログラム中の1曲ホルストの組曲「惑星」の初演日でした。
ホルストといえばこの「惑星」が異常なほどに有名ですが、オルガンや女声合唱まで加わった大編成のオケを駆使したこの曲は、ホルストの他の作品から見れば極めて異例の突然変異的な作品で、他のホルストの作品の多くは、内省的で素朴で地味な作品が多いのです。
他の作品で有名曲といえば、ミリタリーバンドのための2つの組曲と、ホルストが教鞭をとっていた女学校のために作曲された「セントポール」組曲くらいでしょうか。
私が個人的に好きなのは、ホルストが親友ヴォーン・ウイリアムスとともに収集した愛らしいイギリス民謡を素材にしたパートソング集(小規模な合唱曲集)で、CDではホルストシンガーズの素敵な演奏があります。こちらは聞いていて心の和む珠玉の曲集の玉手箱。
「惑星」に似たド派手な曲といえば、オペラ「どこまでも馬鹿な男」からのバレエ組曲や少し地味になるけれど、ヴォーン・ウィリアムスの「イギリス民謡組曲」と同じ素材を使った「サマーセットラプソディ」といったところでしょうか。
また、東洋に興味のあったホルストには、「惑星」と同時期に作曲された日本を題材にした「日本組曲」という管弦楽曲もあって、こちらは「五木の子守唄」のメロディがごく自然に使われている佳品です。
閑話休題。話を「惑星」に戻しますと、迫り来る第1時世界大戦の予感を感じさせる第1曲“火星(戦争の神)"が作曲されたのが1914年の7月で、以後{火星―金星―水星―木星―土星―天王星―海王星}という順番で作曲され、全曲の完成が1916年、(冥王星は、発見が1930年であったのでありません)。
当時は第1次世界大戦の真っ最中、本職の教師のかたわら、もっぱら休日に作曲活動を行っていた典型的な日曜作曲家のホルストにとっては、このようなコストのかかる大編成の曲が演奏されることなど夢にも思わず、ただただ自分の気の赴くまま、好きなように筆を進めていったというのが、この「惑星」であったようです。
この大曲が世に出たのには、スポンサーとして数多くのイギリス近代音楽を紹介していたヘンリー・バルフォア・ガーディナーという人物の助力が大きかったそうです。彼は現在指揮者として著名なジョン・エリオット・ガーディナーの大叔父で、ジョン・エリオット自身も「惑星」の録音を残しています。
以下は、作曲以降の演奏の記録です。
1916年 Vally Lasker&Nora Dayによる2台のピアノ版による演奏を
ボールトが聞く。
1918年9月29日 ガーディナー主催の招待演奏会での非公式初演
・エードリアン・ボールト指揮クイーンズホール管弦楽団
(この時の指揮はガーディナーだったとの資料もある)
1919年2月27日 公開初演(“金星"と“海王星"は演奏されなかった。)
・エードリアン・ボールト指揮ロイヤルフィルハーモニック
1919年12月22日 "金星"初演。この時“水星"と“木星"も演奏された。
・作曲者指揮 クイーンズホール管弦楽団
1920年11月15日 全曲初演
・ アルバート・コーツ指揮 ロンドン交響楽団
(ボールトがセントポール女学校の合唱団を指揮)
1921年 ・アメリカで初演争いが起きる。
同日 アルバート・コーツ指揮 ニューヨーク市立交響楽団
フレドリック・ストック指揮 シカゴ交響楽団が演奏。
時差の関係でニューヨークが僅かに早く初演。
・ロンドンのグッドウィン&タップ社から楽譜が出版される。
1923年 全曲初録音
・作曲者指揮 ロンドン交響楽団
(電気録音以前のラッパ式録音のため、狭い部屋で楽団員すし詰め
状態で収録。低音部補強のため、コントラバスの代わりにチューバ
を使用。)
1924年 "火星""木星"の吹奏楽版出版。
"火星"はホルスト自身のアレンジだという。
1926年6月22日
〜11月22日 電気録音方式による録音(全曲)
・作曲者指揮 ロンドン交響楽団
(録音場所の制約のため、ホルストはベランダから指揮した。)
1930年ころ 4手のためのピアノ版が編曲される。
(ホルストの友人のVally Lasker&Nora Dayの編曲)
1932年 ハーバード大学の客員講師に招かれたホルストは
ボストン交響楽団の定期演奏会で「惑星」を3回指揮。
1934年 ホルスト死去
・ ストコフスキー指揮フィラデルフィア管弦楽団が演奏
1943年2月14日 ・ストコフスキー指揮NBC交響楽団による放送録音
1945年1月 初演指揮者ボールトによる初録音
・エードリアン・ボールト指揮 BBC交響楽団
(実に五回の「惑星」の録音を残したボールト第1回録音)
といった具合で、これから数回にわたって、私の手持ちの録音から印象に残った演奏の数々を紹介していきます。
(2002.07.28)
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