今回はアメリカの名門オケ、フィラデルフィア管弦楽団の常任指揮者であった二人の指揮者、 ストコフスキーとオーマンディの「ローマの松」です。 「レオポルド・ストコフスキー(1882~1977)」 フィラデルフィア管弦楽団を名実ともに世界最高の楽器として磨きあげ、機械録音初期から4チャンネル録音まで長大な録音歴のあるたストコフスキーは、意外にもレスピーギは「ローマの松」を1回残しているのみですが、フィラデルフィア管弦楽団に1960年に客演した際の公演曲目に「ローマの松」を入れているところを見ると、実演では何度かとりあげていたようです。この時のライヴ録音もストコフスキー協会の私家版として存在しますが、今回はスタジオ録音を聴いてみました。 ・シンフォニー・オブ・ジ・エアー (1958年12月 スタジオ録音) トスカニーニ亡き後、NBCからのスポンサー契約を絶たれたNBC交響楽団が自主運営団体として活動を行っていた時期の名称がシンフォニー・オブ・ジ・エアーで日本を訪れた最初の本格的な外来オーケストラでした。 この時期シンフォニー・オブ・ジ・エアーは指揮者なしで演奏したり、多くの客演指揮者と録音をおこなっています。ストコフスキーとは1950年代後半にまとまった量の録音を残しています。 ストコフスキーは、楽器の配置や改変を日常茶飯事に行っていましたが、この「ローマの松」もセカンドヴァイオリン以下と金管楽器が極端に右側、他の楽器が左側でかなり不自然な印象です。オケもトスカニーニ時代の水準からかなり落ちているようで、「ボルゲーゼ荘の松」は、アンサンブルの乱れが気になりました。「カタコンブの松」ではチェロパートにベースを重ね、クラリネット部分にも他の木管楽器を重ねているためにドロドロとした暗く厚い響きとなっていて、ずいぶんとオカルトじみたカタコンブです。「アッピア街道の松」の最期の小節はテインパニーと大太鼓のトレモロを追加、ブッチーナはユーフォニウムを使用していました。全体に古めかしさの感じられる「ローマの松」で、ストコフスキーとしては失敗の1枚。 「ユージン・オーマンディ(1899~1985)」 ストコフスキーの後任としてフィラデルフィア管弦楽団の常任指揮者を44年の長きにわたって務めたオーマンディは「ローマの松」を得意とし、来日公演では必ず演奏しました。 そしてフィラデルフィア管を振った実に4つの録音があります。 @ 1946年 1月24日 A 1958年 3月28日 (CBS) B 1968年 3月6日 (CBS) C 1973年 4月23日~26日 (RCA) 今回はAとCを聴いてみました。 当初の予想では両盤ともあまり差はないのではないか、と思っていましたが、実際には大違い。フィラデルフィア管のゴージャスな響きを生かした点は変りないものの、解釈は大幅に変っていました。 音の響きもCBSとRCAの録音技術者の違いが大きく出ていて、全体の響きを主に捉えているCBS盤に比べ、マルチ録音による個別の響きに重点を置いたRCA盤とはかなり印象が異なります。 オケの個人技では、ストコフスキー以来の名物奏者が残っていた1958年に多少の分が有りますが、集団技ではRCAの1973年盤は、ほとんど究極のレベルまで到達していて、トスカニーニのNBC響を凌ぎ、ライナー時代のシカゴ響とも肩を並べます。CBS盤だけでも充分オーケストラの醍醐味を楽しませてくれますが、RCA盤は、華麗さとともに官能美まで加わり、奥の深い大人の音楽となっています。 CBS盤は「ボルゲーゼ荘の松」でフレーズの末尾をちょっと延ばし気味にし、「カタコンブの松」でのテンポの揺らし方などに、多少の作為見られますが、RCA盤はテンポの揺らし方もごく自然。両盤で聞かれる「カタコンブの松」のギルバート・ジョンソンの哀愁をも感じさせる艶の有るトランペットソロは、シカゴ響のハーセスとはまた違った魅力があります。「ジャニコロの松」の官能的でオーマンディの練れた解釈も曲想にぴったりはまった感じです。最も解釈が異なるのは「アッピア街道の松」で、遅いテンポで重厚に進むCBS盤、早いテンポで息詰る緊張感を盛り上げるRCA盤、どちらをとっても水準以上の満足できる演奏でした。 (2002.12.08) |