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これから数回にわたってレスピーギの「ローマの松」の様々な演奏を紹介していきます。 まず第1回は、レスピーギという作曲家と「ローマの松」について。 オットリーノ・レスピーギ(1879~1936)はボローニャ生まれ、ローマで没。 20世紀イタリア最大の作曲家と言われていますが、とりわけ革新的であったわけでもなく、 他の作曲家に大きな影響を与えたこともなかった作曲家です。彼はボローニャ音楽院でヴィオラを学んだ後に、ロシアに渡りペテルブルク歌劇場で首席ヴィオラ奏者として在籍、同時に管弦楽法の大家リムスキー・コルサコフに作曲を学びました。リムスキー・コルサコフの弟子の中でもストラヴィンスキーやプロコフィエフらが独自の道を歩んだのに比べて、レスピーギはリムスキー・コルサコフの路線を忠実に進めた、いわば正統派の後継者ともいえます。 また彼のオーケストレーションにはドビュッシーに代表される印象派やR・シュトラウスの影響も見られ、それらの技法をうまく採り入れた一流の職人とも言えそうです。 レスピーギのもうひとつの特徴としては、ルネサンス期の古い音楽を積極的に取り入れたり、グレゴリオ聖歌に代表される教会旋法を積極的に採り入れていることです。 前者の代表的なものとしては、「リュートのための古風な舞曲とアリア」とか「鳥」といった作品があり、後者の例としては「グレゴリア風協奏曲」とか「ミクソデリア風協奏曲」といった作品があります。「ローマの松」も第2曲でグレゴリオ聖歌を取り入れていますね。 レスピーギはオペラはじめとして、あらゆるジャンルに及んでいますが、1番の魅力は、 フルオーケストラを駆使した華麗でドラマティックなオーケストラ曲の数々で、中でも 「ローマ三部作」が最も有名ですが、「シバの女王ベルギズ」「教会のステンドグラス」といった曲もドラマティックでゴキゲンな名作です。 さて、「ローマの松」は1924年レスピーギ45才の作、「ローマの泉」(1916年) 「ローマの祭」(1928)とならびいわゆるローマ三部作の一曲。 この三部作はいずれも描写的な4つの小曲から構成され、巨大な楽器編成を必用とした 20世紀の代表的な管弦楽曲です。 レスピーギは「ローマの松」のそれぞれの曲について簡単な解説を残しています。 「ボルジア荘の松」 ・・ボルジア荘の松の木立の間で子供達が遊んでいる。彼らは輪になって踊り、 兵隊遊びや行進、戦争したりしている。夕暮れのツバメのように自分たちの叫び声に 興奮し、群れをなして行ったり来たりしている。 「カタコンブ付近の松」 ・・カタコンブの入り口に立っている松の木陰、その深い奥底から悲嘆の聖歌の歌声が 響いている。そして荘厳な讃歌のように大気に漂い、やがて神秘的に消えて行く。 「ジャニコロの松」 ・・そよ風が大気をゆする。ジャニコロの松が満月の明るい光に遠くくっきりと立っている。 夜鶯が鳴いている。 「アッピア街道の松」 ・・アッピア街道の霧深い夜明け。不思議な風景を見守っている松。 果てしなく響く静かな足音、詩人は過去の栄光の幻想的な姿を思い起こす。 ラッパが響き、新しく昇る太陽の輝きの中で、古代ローマの軍隊がサクラ街道を 行進し、カピトレ丘へ凱旋の歩みを進める。
(2002.10.27)
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