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「第九を聴く」4 戦前派巨匠の時代 I ・・メンゲルベルクとトスカニーニ

1920年代から40年代前半までのベルリンを中心とするヨーロッパの音楽界は、フルトヴェングラー、エーリッヒ・クライバー、クレンペラー、クナッパーツブッシュ、たちがベルリンフィルや主要なオペラハウスの音楽監督として君臨し、さらにウィーンフィルにはワインガルトナーがいまだ健在、そしてライプチヒ・ゲヴァントハウス管のブルーノ・ワルターとアムステルダムコンセルトヘボウ管のメンゲルベルクが定期的にベルリンに来演し、スカラ座のトスカニーニもバイロイトやザルツブルクの音楽祭で指揮をするといった、まさに空前絶後の大指揮者の時代となりました。

これからの数回は、第2次世界大戦の勃発直前に最盛期を迎えた、これら大指揮者たちの個性的な第九をいくつか紹介していきます。


ウィレム・メンゲルベルク(1871 - 1951)
アムステルダム・コンセルトヘボウ管、 アムステルダム・トーンクンスト合唱団、
S:デル・スルイス、A:ルーヘル、T:トウルダー、Br:ラヴェッリ
 (1938年5月1日 アムステルダム・コンセルトヘボウでの実況録音)

オランダ生まれの名指揮者。24才でアムステルダム・コンセルトヘボウ管の常任になり、 ナチに協力したことでスイスに追放されるまでの50年間、このオーケストラを世界的な水準にまで成長させました。専制君主型の典型で、自分の意思を厳しい訓練で徹底してオケに植え込み、一定の様式化した解釈でオーケストラを自分の手足同様に操りました。
メンゲルベルクの残された録音を聴くと、同一曲の異なった日のライヴ録音を聴いても、テンポの微妙なユレなどが全く一致しているのに驚かされます。
第九も例外でなく、38年と40年の二つのライヴ録音は、全体の印象だけでなく一部分を取り出して聴き比べてみても、微妙な歌い回しやテンポの緩急がほとんど同じでした。
メンゲルベルクの第九は、テンポを自由に動かす濃厚なロマンティシズムに溢れた、超個性的な演奏です。
ポルタメントを多用した第3楽章などまるでチャイコフスキーのよう、管楽器を各所でダブらせていますが、第2楽章の第2主題にはホルンだけでなく、トランペットも加えるという徹底ぶり。第1ヴァイオリンにも各所で1オクターヴ上げさせています。
特に第4楽章はメンゲルベルクの個性が最も顕著に出ていて、バリトンソロが入る2度目のファンファーレ前の木管部分にヴァイオリンを重ねたり、テノールソロが歌う行進曲風の部分におけるトランペットの合いの手を、極端に強調したりしています。またバリトンソロが冒頭部分でテーネーと歌う部分(221小節)は、楽譜ではF−FとなっているのをG−Fと歌わせていました。(これはワインガルトナーも同じ)
そして終結部プレスティッシモ部分、最後の4音の猛烈なリテヌートの急ブレーキは、とどめの一発といった感じで強烈な印象を残します。
ここで変幻自在に変化するメンゲルベルクの解釈にぴったりとついていくコンセルトヘボウ管のうまさは驚異的、まるで同一の周波数でコントロールされている機械のようです。
これはピッチが完璧に合った時の澄んだオケの響きとともに一聴の価値のある演奏だと思います。なお1944年6月、ナチ占領下でのパリのシャンゼリゼ劇場において、空襲警報の鳴り響く緊迫した状況の中でおこなわれた、パリ放送響とのベートーヴェンチクルス最終日の第九がメンゲルベルク生涯最後のステージとなりました。


アルトゥーロ・トスカニーニ(1867 - 1957)
 NBC響、ロバート・ショウ合唱団、
 S:ファーレルA:メリマン、T:ピアース、Br:スコット
 (1952年3月31日、4月1日 カーネギーホール)

イタリアのパルマ生まれ、ヴェルディの「オテロ」の初演にチェロ奏者として参加。
指揮者としては「ボエーム」や「道化師」「トウーランドット」などの名作オペラやレスピーギの「ローマの祭り」などの初演も振っています。
トスカニーニの演奏は虚飾を排し、インテンポで楽譜に忠実なもの。メンゲルベルクが19世紀ロマンティシズムの典型ならば、トスカニーニは即物的な20世紀の演奏スタイルの元祖とも言えるもので、後の多くの指揮者に多大な影響を与えました。
第九はスカラ座管を振ったイタリア語版の演奏やテレビ用の映像も含めて、ライヴ録音が7種残されています。今回はトスカニーニのためにアメリカの国内外の名手を集めて組織されたNBC響との1952年ライヴを聴いてみました。
この第九は、早いテンポ緊張感に溢れ、鍛えぬかれた鋼鉄のような力強さが迸るドラマティックな名演奏です。
楽譜に忠実と言われているトスカニーニですが、ここではテンポは楽譜にほぼ忠実なのに、オーケストレーションにトスカニーニ自身の手が数多く入っています。
ワインガルトナーが提案した改変は、ほぼそのまま採用。特に第1楽章再現部の301小節にティンパニには執拗なクレッシェンドとアクセントを加え、トランペットに1オクターヴ高く吹かせています。ここは同じ改変を行っているメンゲルベルク以上にドラマティックな効果をあげていました。その他に第1楽章の53、54、103、107小節にもテインパニを追加。
また第3楽章までは、テンポや歌い回しは楽譜にほぼ忠実なのですが、第4楽章になると、最初のベースのレチタティーヴォを含めて、急に緩急自在のテンポ運びとなります。
歌唱が入る楽章ということで、長年培われてきたオペラ指揮者としての習性がこのあたりで表面化してきたのでしょうか。バリトンソロの「Tö-ne」もメンゲルベルクと同じG-Fに変え、同じソロの231小節目の「freuden」が長く引き伸ばされている個所では、一度区切って、「freuden」という単語を2度歌わせています。
トスカニーニの改変のいくつかは、グスタフ・マーラーがニューヨークフィルの首席指揮者時代に実践していたことなので、後にニューヨークフィルの首席指揮者となったトスカニーニが、マーラーの譜面への書き込みを見てその影響を受けたのかもしれません(トスカニーニのシューマン「ライン」の録音はマーラー版です。)。
ロバート・ショウの率いる合唱団は力感溢れる見事なもの、独唱者と一体となって硬質なトスカニーニの解釈に見事に同化しています。

(2001.06.18)
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