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今回は、従来の演奏で数多く行われてきた慣例的な楽譜の改変について紹介します。 ドイツ近代指揮者の系譜を辿っていくと、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の音楽監督だったメンデルスゾーンと、地方の重要なオペラハウスを渡り歩いていたワーグナーという二人の全く異なった個性の音楽家に辿りつきます。 メンデルスゾーンの指揮は、拍子をきっちりと示して早めの一定したテンポを保ち、 ニュアンスの変化も必要最小限にとどめた、作品に忠実な客観的な指揮振りだったといわれています。 一方のワーグナーの指揮は、音楽の流れに応じてテンポの緩急を大胆につけ、過剰なまでに抑揚をつけたロマンティックなものだったそうです。作品を再創造する芸術家であることがワーグナーの理想とする指揮者像でした。この流れは後にマーラーやビューロー、ニキシュ、フルトヴェングラーといった指揮者たちに受け継がれました。 第9の作曲された時代は、管楽器が急速な発展を遂げつつある時期でした。 そのためワーグナーは、ベートーヴェンがもし改良された現代の楽器を使用することができるならば、必ずやこのように演奏させたであろうという前提に立って、オーケストレーションの変更を行いました。その影響は絶大なものがあり、それを受けて20世紀前半の名指揮者ワインガルトナーがテンポやデユナーミクも含めた具体的な提言を行い、著書「ベートーヴェンの交響曲の演奏への助言」の中で理論化しています。 以後ベートーヴェンのスコアを近代の大編成オーケストラ向けに手を加えて演奏するのが、つい最近までごく普通のごとく行われてきました。 代表的なものとして、 ・ 第4楽章冒頭のファンファーレ部分のトランペットをクラリネットと 同じ旋律を吹かせる。 ・ 第4楽章の二重フーガで、自然倍音の記譜のみのトランペットパートに 旋律の欠落部分を加えたり、アルトトロンボーンに最初の2音(D音)を加える。 ・ 第2楽章の第二主題に木管だけでなくホルンを重ねる。 ・ 当時の楽器の制約のため、不自然な跳躍を強いられていた、木管楽器の セカンドパートの 低音部分を加える。(第1楽章の第2ファゴットの扱いなど) などですが、 スコア片手に真剣に聞き直すと、トスカニーニのようにやたらとティンパニを加えたり、セルのようにホルンに数多くの旋律を吹かせたりなどと、現実には指揮者によって千差万別、定評のある名盤の多くが独自の改竄の手が入り、同じものは全くないという状況です。 次回から、さまざまな演奏を紹介していきますが、ベーレンライター版が出版されてからまだ日が浅く、ベーレンライター版を参照したとされる録音は十指に満たない状況です。 したがって、これから紹介する演奏の大部分は、ブライトコプフの旧全集版に基づいた演奏となります。
(2001.06.05)
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