「巨人を聴く」14・・・・ワルターその3
・NBC交響楽団
(1939年 4月8日 ニューヨーク スタジオ8H ライヴ録音)
 
創設まもないNBC響への客演ライヴ。今のところ一般に聴くことのできる「巨人」としては最古の録音。
当時の実況放送をそのまま記録したアセテートディスクをCD化したもので、放送前と後のアナウンスも記録されています。インターバルもそのままのようです。

第一楽章の終わりに拍手が入ります。
「巨人」のアメリカ初演はこの演奏に先立つこと30年前、マーラーの音楽が未だ聴衆に浸透していなかったようにも思えます。

この時期のワルターは、ユダヤ系であるがために迫害を避けてドイツからウィーンに居を移しました。
ところが1938年に長女が逮捕され(後に釈放)、ウィーンでの財産は全て没収、国籍も剥奪されワルターはスイスに逃れます。まもなくオーストリアはドイツに併合されてしまいます。

この録音は、行き場を失ったワルターにフランス政府が国籍を提供したことによって、スイス以外の国での客演が可能なった、ワルターが激動の時代の波をモロにかぶった時のライヴ。

この後8月に次女が夫に射殺されるという悲劇がワルターを襲い、9月には第二次世界大戦が勃発。10月にはワルターはアメリカへ移住します。

何かに憑かれたかのような激情に支配された尋常ならざる演奏でした。
随所に、オケを鼓舞するかのようなワルターの足を踏み鳴らす音と、「ウン!」という気合いが聞こえます。
第三楽章の不安に満ちた暗さと、アンサンブルが崩壊寸前のフィナーレの我を忘れたかのような狂乱ぶりは、他のワルターの演奏からは聴かれないものです。

第一、二楽章のリピートなし。第四楽章練習番号「44」のシンバルなし。
使用楽譜は1912年版(DP3)。

第一楽章は直截でストレート、テンポの揺れはさほどありませんが、75小節あたりから急に速めていきます。
この楽章全体に漂う穏やかな平和な気分に抵抗しているかのような、苛立つような腹立たしさを感じさせます。


楽章間のインターバルは短く第二楽章が始まります。
ここではテンポが不安定に揺れていきます。一拍めのアクセントは暴力的なほど。
91、121小節のホルンは1906年版の特徴ですが、ワルターが使用する版に関係なく加えていた155,326小節のティンパニは、この演奏では入れていませんでした。
トリオも素っ気ないほど速く通過、219小節めのp指定のヴァイオリンとチェロはmf。

第三楽章へのインターバルは作曲者の指定のとおり長く取っています。

第三楽章冒頭のティンパニはmfで始めしだいにpp。非常に暗い音楽は深い海の底へ沈んでいくよう。
コントラバスが気のせいか2本に聞こえます。古い録音のためでしょうか?
46小節の大太鼓とシンバルはぎこちなく、同じ部分が再現する57小節からは全く聞こえてきません。
続くトランペット二重奏のちょいとした間の取り方が絶妙で、退廃的な気分をよく出していました。

ティンパニの歩みが再び登場する71小節から急に速く、中間部の歌曲の旋律で解放されたかのようにゆっくり静かな安息の音楽。
85小節からの民族的な歌のこぶしとポルタメントには、1920年代のロマンの残り香も感じさせます。

第四楽章は猛烈な速いテンポで一糸乱れぬオケはお見事。
54小節でぐっと落とし、続く85小節の大きなためはワルター独特のペザンテ。
108−109、112−113小節のホルン付加は1906年版の特徴。
160小節の三連譜のトロンボーンが落ちているようです。

ワルターの「ウン!」と唸る気合いと、ドン!ドン!という足ふみがますますエスカレート。305小節のティンパニにはfp付加。344小節から猛然と加速。
叩きつけるようなティパニもすさまじく、374−375小節でもルフトパウゼなしでなだれ込みます。

途中、328小節の4分の4の緊張感に満ちたpppと見事な対比を聴かせつつ、恐怖の終盤を迎えます。
623小節から急加速、時としてテンポを緩めつつ段階的にギアチェンジをしながらテンポを上げていくのは凄まじい限り。
635小節あたりでさしものNBC響も限界寸前。
674小節で興奮のあまりシンバルが1小節速く飛び出したりしています。
695小節では、ワルターの突然のリテヌートでオケがコケて崩壊の危機に陥りますが、一瞬徳俵でこらえきったのはお見事。

ホルンの補強はトランペット、トロンボーン各1本。

劇的でドラマティック、まさに時代を反映させた歴史的な記録。

手持ちの音源は、20世紀の終わりにタワーレコードが出していたワルターの放送録音集のCD2枚組。
このシリーズにはNBC響やボストン響を振った、ワルター1940年代の録音が集められていました。

曲の最初と最後に当時の放送のアナウンスが入ります。
当時の放送用のアセテート盤に記録されていたもので、このNBC響との演奏は、トスカニーニの録音にも似た残響少な目の余韻の少ない音。



(2014.06.14)