「巨人を聴く」28・・・・ボールト
エードリアン・ボールト(1889〜1983)」
イギリスのチェスター生まれ、ライプツィヒ音楽院に留学し大指揮者ニキシュに師事。
1930年から創設まもないBBC交響楽団の音楽監督を務め、その後1950年から引退する1979年までロンドンフィルの音楽監督、会長を務めたイギリス指揮界の重鎮。

ボールトのマーラー録音は「巨人」のみですが、第3番のライヴが正規発売されています。

・ロンドンフィルハーモニー管弦楽団
( 1959年 8月10−13日 
ロンドン ウォルサムストウ・アッセンブリー・ホール   スタジオ録音)

アメリカのEVERESTレーベルの、35ミリマグネティックフィルムを使用した優秀録音のひとつ。同じ頃のEVERESTのマーラー録音では、ルドルフ・シュワルツの第5番とレオポルド・ルードウィッヒの第9番があります。

第一楽章、第二楽章リピート有り、第四楽章496小節のシンバルなし。
1906年版使用。
ほぼ完全な1906年版ですが、実際の使用譜は1906年版を元にした1943年発行のブージー版だと思います。

この録音のほぼ10年前にワルターがロンドンフィルに客演しています。
この時の楽譜と同じものを使用している可能性がありますが、第2楽章トリオの前半は、ほぼ1912年版と同じで、第4楽章終盤のホルンの補強も1912年版と同じトランペットとトロンボーン各1本といったワルターの演奏と異なる部分がありました。

同じイギリスの指揮者でも、バルビローリのロマンティックさと比べると情を排したすっきり冷静な表現でした。オケが十分に鳴りきり、響きが純粋に結晶化された演奏。
テンポが極めて速く、第2,3楽章は今まで聴いてきた中で最速でした。

速いテンポでも歌心が十分感じられるところがボールトの偉大な所以です。

第一楽章序奏から飄々とした歩み。ホルン2本のヨーデル風の部分もあっけなく通り過ぎていきます。
自然に加速してチェロで始まる主部にすんなりと入り、爽やかで軽快な足取りの中で251小節から加速。327小節のa tempoで主部の最初のテンポに回帰。
速くてもゆったりとした気分が漂い田園風景を眺めるような趣。
終盤の快調な盛り上げも手慣れたベテランの味わい。

第二楽章も軽く健康的に元気感満載。軽快なバスの動きが印象的です。
64小節目からのトロンボーンのfpの強奏は珍しい解釈、これがあたかも鐘の音のように響きます。
ますます加速、トリオに入る前の全休止の170小節めはカットしていきなりトリオに入ります。
トリオは今まで聴いた中で最速。ここの187小節から4小節間ホルンが入る以外の部分は1912年版と一致。


第三楽章は、楽器が次第に加わり層を厚くしていく部分のバランスが見事。
19小節のオーボエの合いの手のコントラバステユッティが入る部分のピチカートが美しく響きます。続く軍楽隊のパロディは軽快な楽しいピクニック気分。
143小節の木管楽器の早い動きから葬送の気分に回帰する動から静かへの転換も鮮やか。

第四楽章は清潔な抒情の中に甘さを抑えたハードボイルドな風情。
ほとんどの楽器がフォルテシモで荒れ狂っている中、譜面上はトランペットのみがフォルテ指示となっている103小節からの数小節は、大部分の演奏がトランペットもフォルテシモで浮き上がらせている中で、忠実にトランペットをフォルテで吹かせていながらトランペットが明確なのは録音のマジック?

174小節(Viertelschlag 4つ振り指定)から175小節へのSwhrgesagvoll(たっぷり歌う)はかなり早いテンポでおそらく2つ振りで駆け抜けています。
375小節のルフトパウゼは無視。
446小節でゆっくり減速、フェルマータの呼吸感は見事。
終盤のホルンの補強はトランペット、トロンボーン各1本でした。

速いテンポで駆け抜けた演奏ですが、落ち着きも感じられ爽やかな感動が残ります。

今回聴いたのは、アメリカのMuray HillがEVERESTレーベルへのマーラー録音を集めた交響曲全集セット物LPと、ヴァンガードクラシクスが1995年に出していたCDです。

Muray Hill盤はボールトの「巨人」のほか、ルドルフ・シュワルツの第5番とレオポルド・ルードウィッヒの第9番、他の曲はVaclav Jiracekがチェコ放送響を指揮した演奏が収録されている珍しいものですが、音が非常に劣悪でとても鑑賞に耐え得るものではありませんでした。

一方のCDは目の覚めるような鮮明さで録音の良さが十分に感じられる音ですが、ステレオ初期の録音にありがちな高音強調のドンシャリ感がありました。
ボールトの他の演奏と比べると派手さが強調されているようにも思えます。
(2014.11.24)