「チャイコフスキーの5番を聴く」36 独墺系の指揮者たち9 カラヤンその5

・ RAIトリノ交響楽団
(1953年2月27日 放送は3月1日 トリノ 放送用ライヴ録音 )

カラヤンの戦後の音楽活動が本格的になっていた時期のライヴ。この時のカラヤンはウィーン響の首席指揮者であり、フィルハーモニア管とのレコーディングが活発化していた時期で、翌年には単身来日しN響を振っています。

演奏は放送用の録音で、オネゲルの交響曲第2番とR.シュトラウスの「死と変容」も収録されました。
*The Archives Herbert Von Karajanによる。http://www.karajan.info/

このほぼ一年前にフルトヴェングラーが同じオケに来演し交響曲第5番を指揮しています。フルトヴェングラーやメンゲルベルクがおこなっていた第4楽章のカットがここで実行されているのが興味を惹きます。
解釈は一年前のフィルハーモニア管とのスタジオ録音に似ていて、第一楽章124、126小節のsffの極端な強調はここでも聴かれます。

とはいえオケの技術はかなり低く、放送用ライヴとはいえカラヤンにしてはかなり荒っぽい演奏だなというのが第一印象です。

第一楽章冒頭は異様に遅く暗い開始。これはLP化した時にピッチがかなり低くなってしまったのではないかと思います。pppの緊張感も希薄で音楽は停滞気味。
170小節のmolt piu tranquilloの前でテンポは落ちていきますが、ここの部分やpoco animaのテンポを落としながらの揺らし方はいささかクサイ表現で、後の録音の洗練さからはほど遠いものがあります。

第二楽章のゆっくりじっくりの歌い上げはカラヤンの得意とするところ。
ところが肝心の冒頭のホルンソロはかなり危ない雰囲気が漂い、108小節めのテンポを落としながらのピチカートも不ぞろい。
続くTempo 1でのセレナードのような甘い歌と、128小節からのpiu mossoでの華やかさ、そして142小節のAndanteの盛り上がりなどの聴きどころツボを外していないのはさすがです。最後の音を通常の演奏の倍ほど長く延ばしていました。
この楽章がカラヤンの良さが最も良く出ていました。

第三楽章のワルツでは、57小節めからのファゴットソロは今では考えらえないほどのヘタくそさ。73小節からの弦楽器の速いパッセージがゆっくりなのは、オケの性能に合わせたのかもしれません。
213小節のヴィオラの強調は、カラヤンの他の演奏では聴かれない面白い解釈。

第四楽章の序奏も第一楽章同様かなりの遅さです。1拍めと3拍めが異様に長いのは鈍重さを助長。Allegro vivace冒頭のティンパニの1発はなんとも中途半端なフォルテ。
128小節の主題部分からいきなりテンポを速めオケを煽りながらの急加速はオケがついてゆけず崩壊寸前。
209小節から316小節までのカットは同じオケを振ったフルトヴェングラーと同じカットです。ハンブルクでのチャイコフスキー、ニキシュ由来のカットでしょうか。(連載第2〜4回参照)。
410小節から加速、猛烈なスパートにオケが必死についていきます。
ここで突然カラヤンがぶち切れたようです。コーダの迫力もそれなりですが、トランペットがファンファーレでコケてしまいました。最後から2小節目の1拍めにティンパニの強打追加。
なお122小節のトロンボーンとチューバの入りの休符は、372小節の同じ部分と長さを合わせていました。

オケの性能の限界まで引き出しているとはいえ、カラヤンのチャイコとしては極めて精彩を欠く演奏でした。

今回聴いたのは伊チェトラのLPでRAIの放送音源を集めたセットもの。
ピッチも不安定で音に明瞭さを欠き、放送局所蔵音源ではなくエアチェック録音のようです。




(2013.09.20)