「チャイコフスキーの5番を聴く」26・・・独墺系の指揮者たち3 クリップス
「ヨゼフ・クリップス(1902〜1974)」

ウィーン生まれ、ワインガルトナーのアシスタントから始まり、ドルトムント、カールスルーエの市立歌劇場の指揮者を歴任後、1933年からウィーン国立歌劇場の指揮者。ナチスが台頭すると収容所に送られたりしていましたが、戦後フルトヴェングラーやカラヤンなどの主要な指揮者達が、演奏禁止処分にあう中でウィーンに戻り孤軍奮闘、ウィーンの音楽界の復興に力を注ぎました。しかし主な指揮者たちが戻ってくるに従いウィーンでの活躍の場を失ってしまいました。

クリップスは伝統墨守型の職人指揮者で録音も膨大な数があり、その中身は玉石混交ですが良いオケに恵まれるとオケの特性を生かした味のある演奏を聴かせました。

クリップスの録音は比較的多く、モーツァルトやベートーヴェン、ブラームなど独墺系の作曲家の主要な交響曲作品はほとんど揃います。
クリップスのチャイコフスキーの交響曲録音は、第5番のほかに「悲愴」の録音もあります。http://www.numakyo.org/c_tchai6/17.html


・ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
(1958年 9月15−16、ウィーン、ソフェンザール スタジオ録音)

指揮者とウィーンフィルの個性が良い方向に向かい相乗効果を上げた、いわば両者の共同作業による名演。
ウィーンフィルとしてはおそらくチャイコフスキーの交響曲第5番の初録音だと思います。
とろんとした甘さと優雅な部分もありますが、クリップスとしては激しい一面も見せます。

第一楽章はウィーンフィル独特の周りを包み込むような柔らかさの中にひとつひとつのフレーズを短めに切る憂鬱な開始。
第一主題のAllegro con animaもずいぶんとゆっくり慎重に進めます。弦楽器にわずかなポルタメント。83小節からのffのド迫力は普段穏健なクリップスとしては珍しいもの。
170小節からのmolt piu tranquilloのロマンティックな歌も印象に残ります。
248小節のfは短く切り、続くオーボエを強調。 310小節からの早めのディミヌエンドをかけていきます。
426小節入りのmolt piu tranquillo 1拍前のロマンティックな力の抜き方は絶品。
485小節からのバスの底力も凄いもの。
続く加速はウィーンフィルの自主的な暴走のように思えます。遅めで一定のテンポ感覚が支配していました。

第二楽章ではひとつひとつのフレーズが連続せずに独立しているかのように聞こえます。
ホルンソロは素朴な響き。早めにスイスイ進み、続くチェロ第二主題の大きな歌は非常に艶やか。中間部での木管楽器ソロの美しさも際立ちました。
99小節の音を割ったトロンボーンの音は凄まじいもの。
続く部分で、ヴィオラで弾かせるような低い音域をヴァイオリンで弾かせ、渋い効果を上げているチャイコフスキーのオーケステレーションの妙は、この演奏で初めて気づきました。

第三楽章は蕩けるような優雅なウィンナワルツ。遅めで退廃的なムードが漂い178小節の弦楽器の滑るような入りの美しさもお見事。
バスのなだれ込む音の崩しはクリップスが教え込んだような形跡はなく、オケの即興的なお遊びだと思います。

第四楽章は遅めに開始。Allregro もティンパニのイッパツはなし。落ち着いた雰囲気の中で128小節からの第2主題美しく響きまます。
やがて徐々に加速。172小節のブラスは遅く。
218小節からさらに加速していきますが、312小節のTempo Iで冒頭ので遅いテンポにリセット。白熱の後半は471小節のフェルマータは短く処理し、最後ゆっくりと終結。

ウィーンフィルをよく知るクリップスは、オケをドライヴすることなくオケの自発性に任せたのでしょう、随所に即興的なお遊びがありました。

ウィーンフィルは、同じ年の3月に同じDECCAにマルティノンの指揮で「悲愴」を録音していますが、大きな歌、クライマックスでの凝集された密度の濃い爆発的なフォルティシモなど、曲は違えど聴いた印象は非常によく似ていました。
http://www.numakyo.org/c_tchai6/13.html

今回聴いたのは、ステレオ初期にキングレコードが発売したLPと、80年代末に出た国内盤CDです。
LPで聴くと、ステレオ初期とはいえ録音は非常に鮮明、ウィーンフィル独特の弦楽器の柔らかな響きとウィンナホルン、オーボエの音からすぐにウィーンフィルだと判断できる水準です。

ところがCDでは音が丸くなってしまい音がふやけていました。
再生装置の違いもあるかもしれませんが、演奏全体の印象が変わるほど違います。
なお第四楽章174小節で録音レベルが不自然に上がる部分が有りますが、LPもCDも共通でした。
(2011.09.24)