「ラインを聴く」3・・・シューマンのオーケストレーション
「シューマンのオーケストレーション」

30年近い沼響の歴史の中で、同じ4曲の交響曲を残したブラームスは全4曲をすでに制覇したのにもかかわらず、シューマンのオーケストラ曲をとりあげたのはピアノ協奏曲が2度あるだけです。
一般的なコンサートでも、シューマンの交響曲が聴かれる回数は、ブラームスの交響曲の多さに遙かに及びません。

実際演奏してみると、ブラームスの曲に比べシューマンの交響曲の鳴りの悪さには戸惑いすら覚えます。
演奏者がシューマンの曲に注ぎ込むエネルギーの大きさに比べ、出てきた音が鳴りにくいのは練習していて確かに実感できます。
ホルンがフォルテシモで吹きまくっている横で、オーボエ、フルートが同じ旋律を懸命に吹いているのを横で見ていると気の毒にもなるというものです。

ヴァルブ付きのホルンの登場など、当時急速に改良が進んできていた管楽器の性能向上を実際以上に高く評価していたからかもしれませんが、楽器の使い方も、「ライン」ではホルンとトロンボーンにはかなり過酷なものがあり、第3楽章や第4楽章のホルンとトロンボーンの高音の連続には苦労させられます。


かつてシューマンのオーケストレーションには問題あり、というのが常識のようになっていました。
シューマン自身にも、管弦楽法を正式に学んでいなかったことへの不安感が常にあったようです。

1832年11月、後の妻となるクララ・ヴィークが出演するツヴィッカウでの演奏会のために、シューマンはト短調の交響曲の作曲を進めていました。
結局この未完に終わった交響曲は第一楽章のみが演奏会に間に合い、クララ自作の「オーケストラのためのスケルツォ」その他と同時に初演されました。
ところが天才少女として評判だった13歳のクララの曲や演奏が喝采を博したのにもかかわらず、シューマンの初めての交響曲はお客から全く無視されてしまいました。

この交響曲の作曲に苦戦していた頃、シューマンが、アルテンブルクの音楽監督となったゴットリーブ・クリスチアン・ミューラーにオーケストレーションの助言を求めるために書かれた手紙のスケッチが残されています。

この中でシューマンはミューラーに管弦楽法の教授を乞い、今まで自分が独力で作曲を進めてきたこと、さらに交響曲の仕事に自分の才能が向いているかどうか迷っていることを告白しています。

また、シューマンの音楽とは対極にあるような色彩豊かなワーグナーの音楽がヨーロッパの音楽界を席巻していった19世紀後半には、ワーグナー派からシューマンの交響曲は時代遅れなものと、完全に否定されてしまっています。

そのような風潮の中で19世紀から20世紀かけて活躍した大指揮者ワインガルトナーは、その著書「交響曲上演に関する助言(シューベルト、シューマン編 絶版中)にシューマンの交響曲の改訂について明確に記し、マーラーは独自の編曲版を作成しています。
この二人の存在はその後の指揮者たちにも大きな影響を与え、シューマンの交響曲を演奏する際には、楽器を省いたり加えたり、ダイナミクスに大きな変化を加えたりと、何らかの手を加えて演奏するのが常識のようになってしまいました。

オーケストレーションの名人と言われるリムスキー・コルサコフ、ワーグナー、リヒャルト・シュトラス、チャイコフスキーのように鮮やかで派手な作品群に比べ、地味でいぶし銀、鳴らせるのに苦労するシューマンの曲。
シューマンの管弦楽曲は、一つの旋律に楽器がやたらと重なった明瞭度を欠いたオーケストレーションで、灰色の中間色の響きが特徴です。画家で言えばレンブラントのような色彩感。



とはいえ最近練習の回数が増えるにつれて、シューマンの曲でオケが鳴らないのは、単に演奏側に問題があるだけのような気がしてきました。

現にこの地味な響きはシューマン自身が好んだ音であるという観点から、譜面に手を加えずに各楽器の音量の微妙な均衡の上に、シューマンの音楽を構築し、効果を上げていくのが演奏の主流になりつつあるように思えます。

音色上の多彩な変化をオーケストラに求めるのではなく、シューマンのピアノ曲に聞かれる天才的な主題や和声の展開、移調の閃きを主にオーケストラに求めたのがシューマンの交響曲の特徴かもしれません。

したがって、誰が振ってもそれなりに効果が出るリムスキー・コルサコフやリヒャルト・シュトラウスなどの曲と比べると、指揮者の個性がより際立つために、指揮者とオケの力量の差が如実に現れる曲だと思います。

そのため優れた演奏を実演で聴いた場合、いずれも大きな感銘を聴き手に与えることになります。
私の接した実演では、小澤征爾指揮の新日本フィルによる交響曲第2番と第3番「ライン」、チェリビダッケ指揮のミュンヘンフィルの第4番など、いずれも強烈な印象が残っています。


(2011.04.09)