今回は多くの指揮者に影響を与えたマーラー版について簡単に言及しておきます。 シューマンのオーケストレーションに手を加えることが常識とされていた70年代頃までの演奏は指揮者がスコアに手を加えている場合が多く、特にマーラーやワインガルトナーらの影響が強いようです。 今回の聴き比べでは、マーラー版については、豊富な譜例とともに詳細に書かれている金子健志先生の「こだわり派のための名曲徹底分析 マーラーの交響曲2 」(音楽之友社 絶版)を参考にしました。 ワインガルトナー版については「交響曲上演に関する助言(シューベルト、シューマン編 1919年)」が1926年以来絶版なので、ワインガルトナーが具体的にどのように手を加えていたのかはよくわかりませんが、藤田由之氏が書かれたCDの解説や、「交響曲の世界」(音楽現代社 1981年刊 絶版)の記事に、部分的に紹介された譜例を参考にしました。 今年没後100年の記念の年となったグスタフ・マーラーは、生前は大指揮者としての名声が高く、ウィーン宮廷歌劇場(現・ウィーン国立歌劇場)の総監督、メトロポリタン歌劇場、ウィーンフィル、ニューヨークフィルの指揮者を歴任しています。 ところがマーラーが「ライン」を演奏したのは、ニューヨークフィル時代の1911年の1月31日、2月3日の2回のコンサートのみです。 その楽譜はマーラーの没後にUniversal社に保管され、現在出版され一般発売されています。 https://www.academia-music.com/academia/search.php?mode=detail&id=1501649837 この僅か2回の演奏会のためにマーラーが手を入れた内容が、後世の演奏に大きな影響を与えたことは驚きです。 私は、マーラーと同時期にメトロポリタン歌劇場の指揮者だったトスカニーニが、このマーラー版を採用して演奏し、録音も残していた影響がより大きかったと、勝手に想像しています。 「こだわり派のための名曲徹底分析 マーラーの交響曲2 」には、マーラー版の特徴として 1. 必要以上に厚くオーケストレーションされた箇所の緩和 2. 主題の旋律線とリズム表現の明確化 3. 強弱の変更と、部分的に新たに付加された特定の強弱による効果(何よりも、長いクレシェンドやディミヌエンドの箇所において) 4. フレージングの明確化 5. 奏法の変更 6. 主題的変更 7. 前打音の短縮 (1941年 M.カーナーによる ) と書かれています。 マーラーによる加筆は非常に凝ったものですが、スコアを見ながら聴いても、細部を明確に区別する自信は正直なところ私はありません。 しかし、漠然と聴いていても明らかに原典版と異なる個所が何か所かあります。 代表的な部分としては、第一楽章の62小節目の第一ヴァイオリンと一緒のホルンの応答部分。これをマーラー版ではホルンを一小節後に異動させ、木管楽器と重ねています。 ワインガルトナー版もここは同一の改変だそうです。 (リッカルド・シャイー指揮のシューマン交響曲全集(マーラー版)の藤田由之氏の解説による) 以前何の知識もなしにジュリーニ(マーラー版)で「ライン」を聴いていた時、聴き慣れたクーベリック(原点版)の演奏とホルンの出だしの箇所が異なっていて仰天した記憶があります。これは聴いていてはっきりわかります。 同じくホルンで第一楽章367小節のホルン4本の入り。 ここは全集版の譜面上では、最初からフォルテで勇壮に吹き鳴らしていますが、これをマーラー版ではゲシュトップ(右手をホルンのベル深くに挿入し金属的な音を出す奏法)による弱音で初めています。 現実には、マーラー版を採用している指揮者の多くは、ゲシュトップを採用せず弱音で初めていますが、弱音開始はマーラー版がヒントとなったと思われます。 第五楽章冒頭では、マーラー版、ワインガルトナー版の両版とも管楽器削除。特にマーラー版はピアニシモで初めています。 第5楽章終盤315−317小節のホルンの上昇音型にトロンボーンとトランペットを重ねる。 この箇所は終盤の大詰めで連続するメロディの一翼を担う大事な部分で、マーラーはここにトロンボーンとトランペットを助っ人に加え、音量の増加を実現しています。 さらにマーラー版には、オケの現場を知り尽くした演奏者の立場に立った細かな配慮と思われる個所がいくつかあります。 たとえば第二楽章25小節からの弦楽器と木管楽器の合わせにくい細かな動きの部分で木管を全削除。 第五楽章で97−98小節の直前で、他の弦楽器とだぶっている四分音符の伸ばしを削除し、続く第2ヴァイオリンの早いパッセージへの負担を軽減。 また作曲家マーラーとしての鋭い眼力が、旧全集版の誤りを喝破していた部分もあります。第一楽章251小節のクレシェンド.の追加は、最新の研究成果が反映された新シューマン全集版で加筆された部分ですが、マーラーが先取りして修正している箇所であります。 今回の聴き比べでは、特にマーラー版を取り入れた部分には(M)と記すことにしました。 次回から個別の演奏を紹介していきます。 (2011.05.10) |