「幻想交響曲を聴く」8・・・断頭台への行進 聴き比べ
今回は手持ちの音源の中から、70種類ほど、第4楽章を中心に聴き比べ、ブライトコップ旧版かベーレンライター版の使用の有無を確認しようと試みました。

聴いたポイントは、第4楽章冒頭のホルンが、ゲシュトップもしくはミュート使用、あるいは通常の奏法かということと、「断頭台への行進」直前のチューバとトロンボーンの入替、その後のリピートの有無です。
また、第2楽章のオヴリガードコルネットソロの有無と、第5楽章の鐘の種類も付け加えました。

結果を下に書きましたが、うーむ・・・・。正直なところ、苦労したわりには、よくわからない結果となってしまいました。


最大の疑問は、ブライトコップ旧版の大きな特徴と思っていた、トロンボーンとチューバの入替をおこなっている演奏がほとんどなかったことです。
聞いた中では、校訂者ワインガルトナー本人の演奏はともかく、ワルターやバルビローリ、ムラヴィンスキー、A・ヤンソンスなど(◎の演奏)、いわゆる古いタイプの指揮者とロシアの指揮者に限定されていました。

特に印象的だったのはフランスの大指揮者モントゥーの1930年録音が、冒頭ホルンのゲシュトップ使用を含め、オリジナルの形に戻して演奏していたことです。
若い頃にヴィオラを学んだモントゥーは、1909年からエドゥアルド・コロンヌ(1838 - 1910)の組織したコロンヌ管弦楽団に、首席ヴィオラ奏者として在籍していました。
ヴァイオリニストで指揮者でもあったコロンヌは、直接ベルリオーズから教えを受け、ベルリオーズの指揮で「幻想交響曲」を演奏したこともある人です。

モントゥー自身、この1930年録音時、コロンヌが生前のベルリオーズから伝授された「幻想交響曲」の解釈や注意事項を、コロンヌから聞き取り書きこんだスコアを使用し、録音したとインタビューで述べています。
モントゥーの言葉によれば、「私はコロンヌを通じベルリオーズの教えを受けた」演奏となり、いわばベルリオーズの幻想交響曲の演奏方法に対する証言が反映されている録音だということです。
残念ながらこのスコアは、第二次世界大戦の混乱の中でナチに持ち去られてしまったそうです。

私の勝手な推測ですが、ブライトコップの旧版の第4楽章トロンボーンとチューバの入れ替えは、かなり早い時期に元に戻され、再出版されたのではないでしょうか。
(このモントゥーの録音は、長い間この曲のスタンダートとされた名演です。ナチに持ち去られたモントゥーのスコアは、その後ドイツのブライトコップ社に渡ったという推理は飛躍しすぎ、かな)

結局80年代半ば以降の大部分の録音は、ベーレンライター版による演奏のようです。
しかしパート譜の出版が遅れたために、しばらくの間、オーケストラ側は従来使用していたブライトコップ版を手直ししながら演奏している気配があり、冒頭のホルンのような細かな部分は、ブライトコップ旧版そのまま、ごく普通の形で演奏している録音が大部分でした。
完全な形のベーレンライター版移行は、21世紀に入ってからと言えそうです。


ところで第5楽章の鐘について、ベルリオーズが書き残した「低い音色の鐘が用意できない場合は、ピアノを重ねよ」という指示に忠実な演奏としては、ストコフスキーの録音が従来から有名でした。
今回の視聴で、ブライトコップ旧版の初版によるワインガルトナー、ワルター、バルビローリが例外なくチューブラベルにピアノを重ねていたことが判りました。
これには驚かされました。
鐘の具体的な音色については、個別の演奏を紹介する時に言及しようと思います。


以下聴き比べの結果です。
◎はブライトコップ旧版、☆はベーレンライター版使用としての特徴が顕著なもの。

・括弧内は録音年
・鐘Lは、低音の鐘、鐘Hは、高音タイプの鐘を表します。
・4Rは第4楽章リピート有り
・HGは第4楽章ホルンのゲシュトップ(手を深く入れビーンという閉塞音)
・HMは第4楽章ホルンのミュート(弱音器)使用
・2Corは第2楽章のコルネットソロ有り
・tb−tubは第4楽章トロンボーンとチューバの入替

[1920年 - 30年代]
◎ワインガルトナー(1926): tb−tub  ベル+ピアノ
 モントゥー(1930)  :HG     チューブラベル
◎ワルター(1939)   : tb−tub  ベル+ピアノ

[1940年代]
◎バルビローリ(1947)  : tb−tub  ベル+ピアノ
 モントゥー(1948)   :     鐘L

[1950年代]
 モントゥー(1950)   :HG       チューブラベル
◎ワルター(1952) :HMtb−tub  ベル+ピアノ
 ベイヌム(1952) :      鐘L
 マルケヴィッチ(1952) :    鐘L
 マルティノン(1953)  :      チューブラベル
 クリュイタンス(1953) :    チューブラベル
 カラヤン(1954) :        チューブラベル
 オッテルロー(1955)  :      鐘L
 アルヘンタ(1957)   :      鐘H
 レイボヴィッツ(1957) :     チューブラベル
 ミトロプーロス(1958) :     ベル+ピアノ
 クリュイタンス(1958) :     チューブラベル
 グーセンス(1958)   :     鐘H
 モントゥー(1958)   :HG       鐘L
 パレー(1958)     :     チューブラベル
◎バルビローリ(1959)  : tb−tub  ベル+ピアノ
 オッテルロー(1959)  :      鐘L
 ゼッキ(1959)   :        チューブラベル

[1960年代]
 ゴルシュマン(1960) :      鐘H
◎ムラヴィンスキー(1960): tb−tub  鐘H
 オーマンディー(1960) :      鐘L
 ヴァンデルノート(1960):     鐘H
 マルケヴィッチ(1961) :   鐘H
◎A.ヤンソンス(1962) :  tb−tub  鐘H
 ミュンシュ(1962)映像 :        チューブラベル
 ミュンシュ(1962)  :     チューブラベル
 ミュンシュ(1963)映像 :     チューブラベル
◎スワロフスキー(1963ころ): tb−tub  チューブラベル
 ロジェストヴェンスキー(1962):HG    チューブラベル
◎ホーレンシュタイン(1963): tb−tub  チューブラベル
 C.デービス(1963) :HM 4R    鐘H     2Cor
 クレンペラー(1963) :      鐘H     2Cor
 クリュイタンス(1964) :      鐘H
 カラヤン(1964)   :      鐘L
 モントゥー(1964)  :HG       チューブラベル
◎バルビローリ(1965) : tb−tub  ベル+ピアノ
 渡辺暁雄(1965) :       鐘H
 プレートル(1965) :        鐘H
 アンセルメ(1967) :      鐘L
 ブーレーズ(1967) :HM     チューブラベル
 ミュンシュ(1967) :      鐘H
 チェリビダッケ(1968) :    チューブラベル
 バーンスタイン(1968) :    チューブラベル
 ストコフスキー(1968) :  ベル+ピアノ

[1970年代]
 フレモー(1970) :     鐘H
 カラヤン(1970) :      鐘H
 コシュラー(1972) :    チューブラベル
 ロンバール(1972) :      鐘H
 ナヌト(1972) :      ベル+ピアノ
 マルティノン(1973) :     鐘H  2Cor
   「*1974年ベーレンライター新版出版」
 カラヤン(1974) :       鐘L
 バーンスタイン(1976) :     鐘H

[1980年代]
 マゼール(1982) :      チューブラベル 2Cor
☆アバド(1983) :HG 4R    鐘L      2Cor
 フルネ(1983) :        鐘H
 バレンボイム(1984) :        鐘L
 デユトア(1987) :        鐘L
 ケーゲル(1984) :      鐘L
 プレートル(1985) :      チューブラベル
 バティス(1987) : 4R     チューブラベル
☆インバル(1987) :HG 4R      鐘L
 ヴァンデルノート(1987):     チューブラベル
☆ノリントン(1988) :HG4R       鐘L

[1990年代]
☆ガーディナー(1991) :HG4R       鐘L  2Cor
 レヴァイン(1990) :  4R       鐘L
 チョン・ミョン・フム(1993):       鐘L   2Cor
☆マッケラス(1994) :HG4R   チューブラベル  2Cor
 広上(1996) :  4R     鐘H

[2000年代]
☆ミンコフスキー(2002) :HG 4R       鐘L
 フルネ(2002)    :      鐘H
☆C.デービス(2003) :HG4R    鐘H 2Cor
☆エッシェンバッハ(2003):HG4R     鐘H
☆ゲルギエフ(2003) :HM      鐘H


(2004.05.10)