「幻想交響曲を聴く」35・・・・マルケヴィッチ

イーゴル・マルケヴィッチ(1912 - 1983)
キエフ生まれの作曲家にして大指揮者のマルケヴィッチには、4種類の録音があります。
・ベルリン放送響    1952年 ライヴ録音
・ベルリンフィル    1953年 スタジオ録音
・ラムルー管      1961年 スタジオ録音
・日本フィル      1965年 ライヴ録音
今回は3種類の録音を聴いてみました。

・ベルリン放送交響楽団
(1952年 9月18日  ベルリン  ライヴ録音)
イタリア系海賊盤レーベルArkadiaのCD。LPでは同じ音源でイタリア系のMovimento Musicaから出ていました。今回はCD,LP両方で聴きましたが、CDは後半で盛大なノイズが入っていました。購入時には正常だったはずで、経年変化で劣化してしまったようです。LPは正常な再生音。

楽譜の指定から離れ、大きくテンポを動かした演奏。特に第1楽章が顕著で、イデーフィクスの後の85小節目とリピートの後の急な減速、第2楽章後半の加速、第4楽章の最後を短くスパッと切り上げるやり方。第5楽章のクラリネットソロに入る直前の休符を短く切り、次の楽想に移る間を早く取るなど、かなり独特のテンポ設定です。
これは後の二つの録音にも引継がれていて、マルケヴィッチの終始変わらぬ解釈のようです。

筋肉質の無駄のない引き締まった名演。第5楽章終結部、長大なクレッシェンドをかけながら次第に加速し、大きなクライマックスを構築する所など、ライヴならでは即興性も見せます。翌年のベルリンフィルとのスタジオ録音には一歩譲りますが、凡百の指揮者とは格の違いを感じさせます。
「怒りの日」の鐘は暗い音色、第5楽章「魔女のロンド」の鋭いアクセントと第5楽章最後のティンパニの音は6連符で叩かせていたのが印象に残りました。

・ベルリンフィルハーモニー管絃楽団
(1953年 11月23 - 29日 ベルリン イエスキリスト教会 スタジオ録音)
フルトヴェングラー時代のベルリンフィルと残した一連のモノラル録音中の1枚。
問答無用、泣く子も黙るマルケさんのドスの効いた名演。硬質で重量感のある聴き応え充分の演奏です。
テンポの揺れは前年のライヴそのままで、第1楽章のppとffの対比が実に見事、361小節以降オーボエソロ部分を支えるの内声のヴィオラの強調も印象的。
第2楽章後半のオケの複雑な絡み部分での一糸乱れぬアンサンブル、第3楽章最後のティンパニ4人の完璧なアンサンブル、特にこの部分での休符の間の取り方が実に絶妙。
後半2つの楽章でのブラスの輝かしさ、早いテンポで怒涛の勢いで迫る第5楽章後半は、フルトヴェングラー時代のベルリンフィルの強靭な合奏力を思い知らされる一大デモンストレーション。
切れ味抜群の名刀を思わせる、隙のない凄味のある名演でした。
第5楽章最後のティンパニは一発叩きのみ。

・ラムルー管絃楽団
(1961年 1月 パリ ザール・デ・ラ・ミュチュアリテ  スタジオ録音)
マルケヴィッチがフランスのラムルー管の常任指揮者であった時代のステレオ録音。
ラムルー管は、ベルリン放送響やベルリンフィルに比べるとアンサンブルの精度や個別の奏者の力量で明らかに聴き劣りのする二線級のオケですが、マルケヴィッチの厳格なトレーニングの洗礼受けた時代は、持ち前のカラフルな音色に緻密な求心力が加わった高水準の演奏を聴かせました。

中でも幻想交響曲はこのコンビの代表的な録音で、絵具の原色を思いきりカンバスにぶちまけたような色彩感とぎっしり中身の詰まった緊張感が曲想にぴったり嵌った名演奏となりました。

特に管楽器の軽い響きが、ドイツのオケを振った前の二つの録音とは全く異なった印象を与えます。フレンチタイプのバソンの鼻をつまんだような響き、「怒りの日」のフレンチチューバの咆哮はまるでトロンボーンのようにも聞こえます。
引き摺るようなテンポの「魔女のロンド」は、一音一音が芯のある硬質な音色のため、停滞感は感じられず、ある種の妖気さえ感じさせる尋常でない雰囲気を演出していました。

「怒りの日」の鐘は明るく輝かしい響き、第5楽章最終音のティンパニはトレモロでした。


(2004.09.18)