「幻想交響曲を聴く」42 サーと呼ばれた指揮者たち C.デーヴィス
サー コリン・デーヴィス(1927 - )
イギリスのウェイブリッジ生まれ、最初クラリネットを学びましたが、指揮は独学。
1957年にBBCスコティッシュ響の副指揮者。クレンペラーやビーチャムの急病による代役で注目され、1959年 - 1965年サドラーズ・ウェールズオペラの音楽監督。BBC響やバイエルン放送響、ロンドン響の首席指揮者を歴任。

私はロンドン響の来日公演で、メンデルスゾーンのスコットランドとエルガーの交響曲第1番の実演を聴きました。自然な音楽の流れの中に大人の風格が感じられ、特にエルガーの滋味溢れるスケールの大きな演奏に圧倒されました。

デーヴィスはそのキャリアの初期からモーツァルトとベルリオーズのスペシャリストとして知られ、特にベルリオーズはそのオペラを含んだ大部分の録音を残しています。
新全集の校訂にも深く係わりがあり、幻想交響曲も4種のオーソライズされた録音があります。

・ロンドン響             1963年  スタジオ録音
・アムステルダム・コンセルトヘボウ管 1974年  スタジオ録音
・ウィーンフィル           1988年  ライヴ録音  未発売
・ウィーンフィル           1990年  スタジオ録音
・バイエルン放送響          1992年  ライヴ録音  海賊盤
・ドレスデン・シュターツカペレ    1994年  ライヴ録音  未発売
・ロンドン響             2000年  ライヴ録音
今回はロンドン響との2種の録音を聴きました。

・ロンドン交響楽団
(1965年 5月16 - 19日  ロンドン   スタジオ録音)
若き日のデーヴィスが60年代に残した一連のベルリオーズ録音中の1枚。この時期デーヴィスはロンドン響を振り、オーケストラ曲のみならず、宗教曲からオペラまでのベルリオーズの主要作品の大部分を録音しています。後にコンセルトヘボウやウィーンフィルとも再録音していますが、この第一回録音も未だにカタログに健在。

第1、4楽章のリピート実施、第2楽章のコルネットも加えた、ベルリオーズの自筆譜や他の出版譜を深く研究したことが伺える演奏です。
今ではリピートを行い、コルネットソロを使用することはさほど珍しくはありませんが、60年代の始めでは画期的なことだと思います。

多少歌わせすぎの第3楽章は、かえって人工的な演出が感じられますが、生命力溢れる第1楽章後半と第4楽章が印象に残りました。第4楽章のホルンはミュート使用、曲全体を引き締めるティンパニは固めのバチでずいぶんと軽い音です。
第5楽章、「怒りの日」の鐘はチューブラベル使用(たぶん)。ここでの今は亡き名手、ジョン・フレッチャーのチューバは実に見事。スル・ポンティチェロ有り。

デーヴィスの演奏にしばしば感じられる硬さと生真面目さがここでも感じられ、30代にしてはまとまりすぎで老成した感はありますが、自然なテンポ感覚で肩の力が抜けた、丁寧に仕上げを見せた好演だと思います。


・ロンドン交響楽団
(2000年 9月27、28日 ロンドン バービカンセンター ライヴ録音)
ロンドン響自主製作CDのライヴ録音。曲の隅々まで細かな神経を通わせながら、生き生きとした生命感と風格を感じさせる素晴らしい演奏でした。
第1、第4楽章のリピートを励行し、第2楽章にコルネットソロを加え、第4楽章のゆったりとしたテンポをはじめ、自らが関与したベルリオーズ新全集譜に最も忠実な演奏です。

どのようなffでもうるさく感じられない結晶化した透明な響き、演奏全体で、コントラバスの雄弁さが印象に残り、第1楽章の優雅なイデーフィクスの底辺での象徴的なアクセント、第3楽章終結部での間の取り方など実にうまいものです。
冒頭ホルンをゲシュトップで演奏させる第4楽章は、遅いテンポでじっくり粘り、後半121小節目で旧盤にはなかった加速を見せます。ゆっくり始まる第5楽章は、スルポンティチェロ有り、魔女のロンドのフーガで一転して加速、後半を早いテンポで、盛り上げていました。

過去の巨匠、例えばミュンシュに代表されるような赤裸々な感情の爆発により、ベルリオーズの革新性を描きだした演奏とは全く異なるスタイルで、冷静で気負いのない自然体の中からとてつもないベルリオーズの巨大さを描き出した、現代を代表する正統派のベルリオーズ演奏だと思います。


(2004.10.16)