「幻想交響曲を聴く」44 サーと呼ばれた指揮者たち3・・・バルビローリ
サー・ジョン・バルビローリ(1899 - 1970)
ロンドン生まれ、父はイタリア人で母はフランス人。ロンドン王立音楽院でチェロを学び、11才でチェリストデビュー、このころのチェリストとしての録音もあります。
やがて指揮者に転じ、1933年にスコティッシュ管絃楽団の首席指揮者。1936年にニューヨークフィルの音楽監督に抜擢、しかし前任者があまりにも偉大な大指揮者のトスカニーニで何かと比較された上に、煮ても焼いても食えない猛者揃いのニューヨークフィルの楽員が相手となれば、相当な苦労であったと想像されます。1943年に辞任。

その後マンチェスターのハレ管絃楽団の首席指揮者となり、以後このイギリスの地方オケとその死まで深い係りを持つことになりました。ハレ管絃楽団はイギリス第2の歴史を持つ伝統あるオケですが、バルビローリ就任当事は二つの世界大戦と不況の影響もあり、ガタガタの状態であったようです。バルビローリは献身的にオケの再建に取り組んでいまが、正直なところ録音を聴くかぎりでは、ハレ管は地方のニ流オケといったところです。しかしバルビローリが振ると楽員が一致団結、集中力のある感動的な演奏を聴かせました。

誰からも深く愛されたバルビローリ、その音楽も人間味溢れる暖かなもので、特に晩年に急速に円熟、人間的な深みにスケールの大きさと風格が加わり、多くの名演奏を残しています。ベルリンフィルとの初めてのリハーサルの後、10数人の楽員がインテンダント(楽団責任者)の部屋に訪れ、「どうか、あの人をできるだけ多く呼んでください」といった話や、ウィーンフィルの楽員の「サー ジョンの前では全力を出さざるを得なくなる。」の言葉など、バルビローリの人格の深さを知るエピソードが数多くあります。
初来日直前の1970年、楽しみにしていた日本公演のリハーサル後の晩に心臓発作で死去。「明日はシベリウスをやろう。」が楽員への最後の言葉でした。

バルビローリの幻想交響曲には3つの録音があります。

・ハレ管絃楽団      1947年 スタジオ録音
・ハレ管絃楽団      1959年 スタジオ録音
・南西ドイツ放送交響楽団 1965年 ライヴ録音

・ハレ管絃楽団
(1959年 5月21 - 22日 マンチェスター      スタジオ録音)
イギリスのパイレーベルへの再録音。50年代から60年代半ばにかけて、このパイレーベルにバルビローリは数多くの録音を残していて、日本では70年代初めにテイチクの1,000円盤シリーズで比較的まとまって出ました。一応ステレオ録音であったものの、テープヒスがきつく、あまり上等な再生音とはいえませんでした。当事の音楽雑誌の評価もあまり高いものではなく、録音の悪さがバルビローリの日本での評価に悪い影響を与えたと思います。今回はイギリス盤LPで聴きました。(Pye GSGC14005)

ドロドロしたかなり個性的な演奏です。第5楽章の「怒りの日」の鐘にはピアノを重ね、テヌート気味のチューバも不気味。バルビローリは独特な粘りのあるロマンティックな芸風の持ち主で、この演奏でもその特徴が充分に発揮、トロけるようなルフトパウゼを見せる第2楽章など全く独特のものです。

第1楽章のリピート後でベースを極端に強調、中間部オーボエ・ソロ直前に身を摺り寄せてくるような色気一杯の弦楽器の粘りを見せますが、ここまであからさまにやると、ちょっと恥ずかしいものがあります。
第1楽章後半や最後の二つの楽章でオケを思いきり鳴らしますが、オケが性能の限界で演奏してしまっていてパンチに欠け、これはちょっと悲しい。遅め第4楽章で、オケが時々走るのも気になりました。
クラリネットソロ後、ファンファーレ直前の首チョンの小節は倍のテンポ、続くファンファーレは管楽器を極端に抑えていました。

・南西ドイツ放送交響楽団
(1965年 バーデンバーデン   ライヴ録音)
過去の巨匠の出所不明のライヴ録音を出していた海賊盤グリーンヒルレーベルのCD。(GreenHill GH009)
放送用音源の流出テープかもしれません。比較的優秀なステレオ録音で、パイのスタジオ録音よりも良い音です。

この頃から急速に円熟に円熟したバルビローリのロマン溢れる演奏。オケがハレ管よりも優秀なために、テンポを大きく動かしたバルビローリの解釈も余裕を持って演奏されています。解釈はハレ盤とあまり変わりませんが一層徹底され、大きな説得力を持って聴き手に迫ってきます。
ゆっくりロマンティックさいっぱいの第2楽章、第1楽章オーボエ・ソロ付近の色気など、ある種退廃的なムードすら漂っていました。

第5楽章は旧盤以上の不気味さ、「怒りの日」はこちらも鐘にピアノを重ね、84小節目「怒りの日」突入寸前の下降音型直前のヴァイオリンに、激しいスタッカートを付けていたのが印象に残ります。第5楽章後半に向けて猛烈に盛り上がり、終結部の「怒りの日」はティンパニの強烈な強打がもの凄い迫力でした。
じっくり寝かせた高級ワインのような品格とロマンティックを兼ね備えた名演奏。

・ハレ管絃楽団
(1947年1月2日   マンチェスター スタジオ録音)
ハレ管絃楽団HMVへのSP録音。今回10枚組3000円の超廉価盤HISTORYのCDで聴きましたが、SPからの復刻が稚拙でおかしなイコライジング、ずいぶんとレンジの狭い音でした。
他の二つの録音と異なり、比較的楽譜に忠実すっきり系の演奏です。しかし第2楽章のルフトパウゼなど、後の解釈の一部は既にここで見られます。

再建途上のハレ管のアンサンブルはかなり悲惨で、第5楽章のクラリネットソロは指が回らず、第1楽章の複雑な声部の絡み合い部分などかなりラフです。
第5楽章「怒りの日」の鐘は、最初鐘のみで、チューバが入るころからピアノでなくドラを重ねているようです。ここでのチューバのテヌート気味の粘りはまったく独得。
オケが粗く解釈も徹底さに欠け、バルビローリの録音としては存在価値の薄い演奏だと思います。


(2004.10.20)