「近衛秀麿(1898 - 1973)」 五摂家の筆頭近衛家の次男として東京生まれ、兄は首相の近衛文麿。1924年自費でベルリンフィルを雇い指揮デビュー。山田耕筰とともに日本交響楽協会を設立、後にN響の前身である新交響楽団を結成し日本のオーケストラ界の黎明期に大きな足跡を残しています。 日本人初の国際的な指揮者で1930年代はベルリンフィルをはじめとした世界の一流オケに客演。トスカニーニ率いるNBC響の創設時の指揮者陣にも名を連ねていました。第二次世界大戦中にドイツ占領下のパリで、クラリネットのランスロら超一流の演奏者を集めたオーケストラ「コンセール・コノエ」(当時世界最高のギャラが支払われたオケ)を創設。 戦後は自ら設立したABC響を率いてヨーロッパ演奏旅行をおこないましたが、楽旅中にオーケストラの資金が尽きてしまい帰国後オケは解散。60年代以降はフリーとなりました。 芸風はどこかのんびりした悠々たるものがあり、「おやかた」「フルトメンクラウ」と親しみをこめた愛称で楽員から呼ばれていました。録音は、史上初のマーラーの交響曲第4番全曲録音やベルリンフィルやスカラ座管に客演した際の録音など、古い時期にかなりの録音がありますが、第二次世界大戦後は不遇でソノシートや教材用の録音がいくつかあるだけです。 最近になってベートーヴェンの「皇帝」とシベリウスの交響曲第2番を演奏した晩年のライヴ映像がDVDで出ました。 ・読売日本交響楽団 (1968年 6月3,4日 東京 世田谷区民会館 スタジオ録音) 学研に残されたステレオ録音。「運命」「田園」「合唱付き」「新世界より」「未完成」や、「モルダウ」をまとめたセットCDで出ていました。もともと小中学生の鑑賞教材用として録音されたもののようで、かつて「小学校のための音楽」といった教材用LPに楽章毎に細切れに収録されていました。 今となっては近衛晩年の貴重な遺産です。 近衛秀麿は譜面に手を加えるのが常でした。これは近衛版とも言われ、「英雄」や「第九」にチューバを加えるなど、マーラーと共通したかなり過激な加筆となっています。 ベートーヴェンほどではありませんが、この「新世界より」にもかなり手を加えています。 随所にヴァイオリンにヴィオラを重ねたり、チューバの出番も第2楽章の両端の8小節だけではないようです。 演奏は雄大でロマンティック、スピード感にも不足せずパンチの効いた名演。基本の使用譜はジムロック版で第1楽章第2主題はAABB型、第4楽章92小節めのトランペットはウィーンフィル使用譜と同じソ−レ。 第1楽章序奏では大地を抉るようなティンパニの響きが印象的。22小節のティンパニトレモロは1発打ち。主題を予見する16小節めの3、4番ホルンにトロンボーンを重ねているようです。59小節めにもフルートのトリル付加、経過主題のヴァイオリンのフレーズにもヴィオラ重ねているような太い響きです。ヴァイオリンに呼応するフルートにロマンティックな香りが漂い、ブラスの響きも輝かしく朗々と響く終結部392小節にティンパニのクレシェンド付加。 第2楽章26小節のヴァイオリンには仄かな寂しさが漂います。46小節めのクラリネットソロ前ではぐっとテンポ落とし、チェロの高音を強調。ヴァイオリンの枯れたような独特な響きには何か秘密があるようです。 遅いテンポで小鳥がコツコツとエサをついばんでいるような軽くも独特なリズムの第3楽章には意表を衝かれます。コーダの3,4番ホルンと1,2番ホルンが交互に主題を吹く部分は4本で吹かせているようです。 重厚な第4楽章は主部の直前9小節めで大きなリタルランド。92小節めのトランペットはソーレで吹かせ153小節からヴァイオリンの上昇音をポルタメント気味。211小節1拍めでティンパニが飛び出しているのは編集ミスでしょうか。290小節で音量をpに落し、コラール再現部分では倍テンポで大きな盛り上がりを演出、クライマックスのトロンボーンの咆哮は凄じく最後のUn poco meno mossoではチューバを付加していました。 後半二つの楽章が独特の世界を展開していますが、前半の二楽章は普遍的な名演。 土俗的な香りと貴族趣味が程よく溶け合った、近衛の録音の中では代表的な演奏。 (2005.12.30) |