新「第九を聴く」11・・・・戦前派巨匠の時代IX トスカニーニその2
「アルトゥーロ・トスカニーニ(1867 - 1957)」

今回は20世紀初頭の巨匠トスカニーニがBBC響を振ったライヴ録音を紹介します。

・ BBC交響楽団、合唱団
S)I.ベイレ A)M.ヤール T)B.ジョーンズ Bs)H.ウイリアムス
(1937年11月3日 ロンドン、クイーンズホール ライヴ録音)

BBC響客演時のライヴ録音。当日はベートーヴェンの交響曲第1番が最初に演奏されました。
1937年といえば、ヒトラー政権下のドイツが4月にスペインのバスク地方の古都ゲルニカを爆撃し翌年オーストリアを併合、トスカニーニの故郷であるムッソリーニ政権下のイタリアは国際連盟を脱退し9月に日独伊防共協定締結といった世界平和の均衡が急速に崩れつつある大変な年でした。

この演奏もそのころの世相を反映してでしょうか、殺気にも似た異様な緊張感の漂う演奏でした。
第一楽章冒頭から速いテンポでたたきつけるようなフォルティシモの連続、80小節からさらに加速し160小節のppの2つ前で大きく減速して冒頭回帰。
300小節めから、強烈なティンパニの連打を伴って凄愴なクライマックスを築いていますが悲しいかな録音が貧弱なために音響がダンゴ状になっています。
103小節めにティンパニ付加。416,501小節のヴァイオリンのオクターヴ上げなし。
創設まもないBBC響のアンサンブルは非常に優秀で132小節からのヴァイオリンの速く細かな動きなど実に鮮やかなものです。

第ニ楽章は最初のリピート有り、268小節からのティンパニの連打が凄まじく、トリオのホルンソロ後の475小節1拍めのfpを強調。507小節からチェロにトロンボーンを重ねていました。
第三楽章はAndante moderatoの弦楽器のノーブルな歌が印象に残り、64小節からの2度目のAndante moderatoから木管楽器群が微妙にテンポを揺らしながらの歌と続くAdagioとの動と静の対比も見事。

第四楽章ではマシンガンのような激しい動きで開始、チェロとコントラバスのレチタティーヴ58小節めでは、3,4拍目の間の一瞬のパウゼが絶妙。203小節のpoco ritenenteで大きくテンポを落とし大きく歌い上げながらバリトン独唱部分に突入します。続く合唱も熱気が吹き出るような怒涛の迫力。歌詞は英語ですが、ストコフスキー、ワインガルトナーとも歌詞は異なるようです。

Alla marciaは遅いテンポ、オケのみの間奏部分の432小節から急に速くなるのはいささか唐突、続く「歓喜の歌」は非常に速いテンポで凄い迫力で聴かせます。
Andante maesutosoは風格に満ちた巨大な音楽を聴かせ、805,826小節の3,4拍目ではティンパニにトレモロ付加。合唱も優秀で二重フーガは完璧なバランス。
この演奏はトスカニーニの他の「第九」の演奏で聴かれない独特の即興的な動きもあり、810小節からのドイツ語では「アーレ・メンシェン」と歌われる部分でアチェレランドとリタルランドを短いストロークで繰り返し、続く814小節のpoco adagioからの合唱と独唱のアンサンブルの動きを強調させるという独特の効果を上げています。
さらに915小節のMaestoso1小節前で大きくテンポを落としつつMaestosoの一拍めで大きく音量を減じ、直後に猛烈なクレシェンドと加速で終わるという荒業を聴かせていました。

演奏全体に祝祭的な気分は皆無、怒りと祈りにも似た尋常でない雰囲気に満ちた演奏でした。優秀な奏者を集めて創設されたBBC響は精度の高いアンサンブルを聴かせ、トスカニーニの微妙なテンポ変化にもピタリと反応していました。

今回聴いたのはM&Aの復刻CDです。アセテート盤に記録された音源からのCD復刻で、ザーザーといったサーフェスノイズの向こうから音楽が聴こえてきます。元となったアセテート盤の状態が悪く、特に第3楽章でノイズに音楽がマスクされる部分が多くかなり興を削がれました。
(2006.12.21)