新「第九を聴く」12・・・戦前派巨匠の時代IX トスカニーニその3
今回は南米のブエノスアイレスでのライヴ録音です。

・ コロン劇場管弦楽団、合唱団
S)J.ヘーウィッヒ A)L.キンダーマン T)R.メイマン Bs)A.キプニス
(1941年7月24日 一部6月6日 ブエノスアイレス ライヴ録音)

世界三大歌劇場の一つブエノス・アイレス・コロン劇場でのライヴ。当時のアルゼンチンは、戦争を避けたヨーロッパの金持ちたちの避難地となり、非常に活況を呈していたようです。

ブエノス・アイレスの放送局保管のテープからの復刻CDで、オリジナルはアセテート盤に記録されたものでした。第4楽章に一部欠落があり他のライヴで補われています。

BBC響とのピリピリとした緊張感に満ちた演奏とは対照的な祝祭的な気分に満ちたライヴ。
第一楽章冒頭はトスカニーニにしては遅めのテンポ、第一ヴァイオリンはゆっくり間を置きテヌート気味に開始。53,54、103小節のティンパニ付加は他のトスカニーニ盤と同じ。BBC響盤で聴かれた158小節での減速はごく僅か。
録音のレンジが狭いために244小節から250小節にかけて、ドタタン・ドタタンと繰り返すティンパニの強打が演奏全体をマスクしてしまっています。300小節めからのティンパニの猛烈なクレシェンドの波状攻撃も同様です。ここの部分でのsfにもティンパニに強烈なアクセントを付加。416小節のヴァイオリンは1オクターヴ上げていました。

第二楽章はリピート全て有り。93小節めからの木管楽器の第2主題にホルンを重ね、さらに338小節からの第二主題にはトランペットも重ねていました。このアイディアは後にラインスドルフが採用しています。198小節のティンパニは僅かにコケています。

気持ちよく歌う第三楽章には穏やかで平和な気分があふれ、4番ホルンソロは跳躍部分で低音の一音めを省略する要領の良い吹き方、96小節からのホルンソロのみが裸になる部分ではスタカートで吹くのが印象的。

第四楽章は冒頭にトランペット加筆、この部分はピッチが異様に高くノイズも盛大。「歓喜の主題」がチェロとコントラバスで登場する92小節めから突然ピッチがダウンし、音質も変わっています。これは明らかに別の演奏を繋げたものです。
第一ヴァイオリンが入る145小節からテンポを速め、続く208小節のプレストは冒頭よりも速いテンポとなり、キプニスのソロに突入。ソリストたちは非常に優秀、バスのA.キプニスも貫禄充分ですがF.ブッシュ盤より多少落ちるようです。

バスのソロの歌い方は「テーネー」をG−Fに変え、231小節目の「freuden」が長く引き伸ばされている個所では、一度区切って、「freuden」という単語を2度歌う歌唱で、これはトスカニーニの他の演奏でも共通しているので、トスカニーニの指示だと思います。合唱もやる気充分ですが、前半はかな釘流の硬さが感じられました。
ア・ラ・マルチア後のオケの間奏部分が入る直前の482小節目で僅かにタメをつくり、483小節からスピードアップ。ところがこのギアチェンジがいささか強引で、オケのアンサンブルに僅かな乱れが聴かれます。他流試合の難しさでしょうか。
Andante Maestosoから合唱が白熱し二重フーガも雄大、オペラティックな歌唱で劇的に盛り上がりますが熱くなりすぎて冷静さを欠く印象です。最後のMaestosoはBBC響盤のような変化はなく直球勝負の終結。
盛大な拍手の最後にはスペイン語のアナウンスが入っていました。

コロン劇場のオケは多少ヨタッとする箇所もありますが、ラテン系のネアカな乗りで持ち直し健闘しています。
この演奏はLP期には米トスカニーニ協会から発売され、CDではM&AとARIOSOから出ていま
す。

今回聴いたのはARIOSO盤。録音はレンジが狭くかなり劣悪。ティンパニがフォルティシモで叩くと、完全に潰れていました。もともとアセテート盤からの復刻なのでシャーシャーというサーフェスノイズとスクラッチノイズのパチパチが盛大に聞こえてきます。面によって状態が異なり、面の変わり目でノイズの状態が極端に違います。

問題の第4楽章の欠落部分は、第4楽章冒頭から、チェロとコントラバスが「歓喜の主題」を奏でる前の91小節間と最後に「歓喜の主題」が合唱で歌われる直前の528小節からの1,2番ホルンのパパーパパーというシンコペーションの部分(ベーレンライター版で大きく変わり話題となった部分)からAndante Maestosoまでです。
(2006.12.26)