新「第九を聴く」17・・・・日本の指揮者 山田一雄
「山田和男(一雄) (1921〜1991)」

東京生まれ、ローゼンストックに師事、1942年新響(N響)を指揮してデビュー。
山田耕筰、近衛秀麿に継ぐ世代の日本人指揮者として戦中戦後を通じて活躍し、「春の祭典」やマーラーの交響曲第8番など数多くの大作の日本初演を行っています。


同世代の朝比奈隆がベートーヴェンやブルックナーの交響曲全集など数多くの録音を残したのに比べ、山田一雄の録音は、教材目的の録音や小品、オリバドッティやモリセイなどの昔懐かしい吹奏楽の録音があったりといった具合で、とりとめがなく、まとまった大作の録音が少ないのが残念だと思います。
晩年になりポニーキャニオンやファンダンゴといったレーベルがライヴを中心にようやく本格的な録音を始めましたが、いささか手遅れの感がありました。



第九については以下の6種類の録音があります。


・日本交響楽団、合唱団(矢田部勁吉訳詩)   1943年1月  放送録音

・日本交響楽団、合唱団(尾崎喜八訳詩)    1943年11月 
                       第4楽章のみ    放送録音

・フィルハーモニック響(オケ実体不明)1960年 第4楽章のみ スタジオ録音

・新星日本響、千葉第九を歌う合唱団  1977年(プライヴェート盤) ライヴ録音 

・京都市交響楽団、京都市立芸大合唱団 1983年         ライヴ録音

・新星日響  新都民合唱団      1990年         ライヴ録音

・札幌交響楽団、札幌放送合唱団    1991年         ライヴ録音


1943年録音は日本人指揮者としての第九初録音。

フィルハーモニック響との録音は教材用のもの。
オケの実態はN響のメンバーが中心のようです。


最後の札幌響との録音は、ライヴによるベートーヴェン交響曲全集として2年がかりで計画されたプロジェクトでしたが、山田一雄の急逝によって第1番が録音できず惜しくも未完となってしまいました。

他に玉川大、東北大、慶応ワグネルソサエティを振った録音も存在するようです。



・日本交響楽団(NHK交響楽団)
 日本放送合唱団
  S;三宅春恵  A; 四家文子 T;木下保 Bs;矢田部勁吉
  (1942年12月26日または12月27日あるいは1943年1月5日
               東京 日比谷公会堂あるいはスタジオ)

太平洋戦争開戦1周年記念演奏の記録。
ナクソスのN響アーカイブシリーズで初めて発掘された全曲録音です。
http://ml.naxos.jp/pages/NHKsoArchive.aspx


1943年5月録音の橋本國彦の録音よりも古く、今のところ音で聴ける日本最古の「第九」録音。



N響公式ホームページの演奏記録によると、この顔ぶれによる「第九」の演奏は
1942年12月26日と12月27日に日比谷公会堂での演奏会と、翌1943年1月5日の
ラジオ放送用の演奏記録があります。

ナクソスの記載ではこの全曲録音は1942年12月の開戦1周年記念演奏会の記録とありますが、聴いた限りでは記録媒体のアセテート盤特有の針音は聞こえるものの、聴衆ノイズは聞き取れず、翌年1月5日に演奏された放送用スタジオ録音の可能性の方が高いように思えます。


なお1943年11月28日にも山田和男指揮日本交響楽団は「第九」を演奏していて、こちらはアルトとバスは別の歌手。

ラジオ放送もされ、かつて第四楽章のみ日本コロンビアからLPが出たことがあります。


ただしこちらは同じ日本語訳詩でありながら、橋本國彦盤と同じ尾崎喜八によるものです。


ナクソスの演奏が11月28日のものと同じ可能性もあるかもしれません。


日本コロンビア盤はN響の歴史をまとめたLPですが、残念ながら未入手なので聴き比べて確認することはできませんでした。









国立音楽大学の設立者の一人、矢田部勁吉による日本語による歌唱。

矢田部勁吉はバスのソロも歌っています。


他の山田一雄の演奏に聴かれるような強烈なエネルギーの放射はまだ感じられません。

堅実な演奏でオケは現在のN響の水準とは大きな隔たりがあります。
一部管楽器の乱れはあるものの弦楽器は立派な音です。

文語調の日本語歌詞は鈍い録音のために細部は聞き取れません。
このことがかえって抵抗感を感じさせないものとなっています。


第一楽章冒頭から物々しい、やったるぞ!と意気込みが漂いますが、
最初の弦楽器の入りは柔らかに入ります。

テンポは終始一定。
ときおりのレガートがロマンティックにして古さも感じます。

301小節の嵐の前の286小節からの弦楽器がレガートで滑りながら徐々に音量増加。

318小節のクライマックスでは叩きつけるようなティンパニがドラマティックに盛り上げ、後の山田一雄の片鱗を垣間見る思い。

あせらずじっくり歌い上げますが安全運転。

時として音楽が停滞。

469小節の1番ホルンソロは苦しげに聞こえています。
コーダの混沌としたドロドロ感は良く出ていました。
538小節めでヴァイオリンの一部が飛び出しています。



第二楽章の92小節の木管にホルンを重ねるのは当時の一般的な習慣。

リピートは全てなし。

快調に進めていきますが、トリオの木管に乱れがありホルンソロもコケています。
おおらかな時代の演奏記録。
録音が鈍いためティンパニの一撃も緩い音でした。



第三楽章のゆったりアダージョでは弦楽の良く響かせた美しい音が印象的。
4番ホルンソロは苦しげですが健闘。


第四楽章序奏のコントラバスとチェロはテヌート気味。
喜びの歌のテーマは速めのテンポで進める中で時おりのレガート。
日本語訳詞は文語調、「フロイデ!」は「嬉し!」で開始。


日本語特有の語り口のためか、メロディはアクセント過剰の金釘流。

コントラファゴットから入るアレグロアッサイのマーチは、オイチニ!オイチニ!の
完全軍隊調。


日本語歌詞の「行けー!行けー!」の絶叫には戦時下であることを実感させます。


可憐な声質のソプラノと正確な歌唱のテノールソロに比べ、バスソロは最初のレチタティーブソロの部分で日本語歌詞の影響でしょうか、かなりふらついています。


終盤の843小節からのポコアレグロストリジェンド直前の4重唱でもバス最後の小節での音がかなりフラット気味なのが気になりました。

山田和男と日本交響楽団は戦後、昭和24年にこの演奏とほぼ同じメンバーで「第九」を演奏していますが、バス歌手だけは交代しています。


オケは着実な音楽運び。

喜びの歌再現部分直前のホルンのタタータタの最後で息が切れしまいました。
ここはさほど難しい箇所でもないので、録音の際の盤の繋ぎ目のために音が不自然に聞こえているのかもしれません。

二重フーガの合唱は雄大な出来ですが、興奮のあまり一部の男声(一人?)が地声で
絶叫しています。


録音はアセテート盤に記録されたもののようです。
響きの薄い貧弱な音ですが、盤の切れ目も気にならぬ上質な復刻です。
何よりも貴重な音源の発掘に感謝。
(2017.11.30)