新「第九を聴く」1・・・・古楽器による演奏について
2003年に沼響が2度目の「第九」を演奏してから早3年、今年再び「第九」を演奏することになりました。

そこで聴き比べコラム「第九を聴く」を再び始めます。

2001年の北原幸男先生による沼響第一回の演奏以来、沼響の第九はベーレンライター版を使用しています。
ところが今回の井崎正浩先生による演奏は、ベーレンライター版使用というだけではなく対向配置を採用、奏法もできるだけベートーヴェンの時代に近いものにするというコンセプトで練習を続けています。
しかもテンポ設定が今までの伝統的な概念にとらわれない、楽譜に書かれているメトロノーム指定にできるだけ忠実に演奏するということで、かなり大変なことになってしまいました。

2001年の連載では、ベーレンライター版については、
「これはイギリスの音楽学者ジョナサン・デル・マールが最新の資料や音楽研究を基に、ノリントンやガーディナーなどの古楽器演奏家たちの現場での実証的な成果を反映させながら、19世紀以来使用されていた旧全集版の誤りを実践的な手法で校訂した原典版です。(2000年に全集完結)
最近は古楽器奏者だけではなく、アバドやラトルなどのモダン楽器の指揮者たちも、ベーレンライター版に基づいた演奏をするようになってきました。
今後ベーレンライター版がスタンダードとなりそうな勢いですが、このベーレンライター版そのものが絶対的な権威を持ったわけではなく、むしろこの版の出現によって第九の譜面に潜在していた多くの問題点が明らかになったということだと思います。」
と書きました。

この考えは私の中で今も変わっていません。
今やモーツァルトやベートーヴェンまでの古典派の交響曲のピリオド楽器またはピリオド奏法による演奏はすっかり定着しています。

さらにこの流れは、ベルリオーズからシューマンに至るロマン派へまで広がる勢いとなりワーグナーのピリオド楽器による録音まであるほどです。
ところが作曲者が思い描いた当時のスタイルの演奏といっても事は単純ではなく、使用する楽譜の検証、当時の楽器と現代の楽器との奏法の違いなど、非常に多くの要素が絡むので相当複雑なことになります。
さらにその時代固有のテンポと強弱の変化やアクセントの付け方などは、同時代の人にはあまりにも当たり前のことだったために作曲家はいちいち楽譜に書き込むことをしていないという現実。
現在、作曲者周辺の社会情勢から当時使用された楽譜の紙の材料やインクなどの科学的な分析に至るまで、残された膨大な資料から気の遠くなるような検証作業が進み、それなりの成果が上がって来ています。

今や古典派以前の音楽の演奏は、これらの研究成果を無視することができない雰囲気になっています。これは、ラトルや小澤征爾ら第一線の指揮者たちの最近のベートーヴェン演奏を聴いても明らかです。

2003年末までの連載では、約80種の演奏を紹介したもののピリオド楽器による演奏は紹介しませんでした。そこで、今回の連載はピリオド楽器による演奏から始めたいと思います。

ピリオド楽器による主な第九の録音は、録音順に紹介すると

・1987年2月  ノリントン
・1988年4月  グッドマン
・1988年9月  ホグウッド
・1992年10月 ガーディナー
・1992年11月 ブリュッヘン
・1998年    ヘレヴェレッヘ
・1999年    インマゼール
などがあり、現代楽器でもザンダー(1990年)、ハルノンクール(1991年)
マッケラス(1991年)、ジンマン(1998年)など、最新の研究成果の影響を前面に押し出した演奏もあります。

次回から、これらピリオド系の演奏を紹介しながらも、今まで紹介できなかった往年の指揮者たちの演奏の数々も含めて連載を続けていきたいと思います。
(2006.09.30)