新「第九を聴く」4・・・・ザンダー
「ベンジャミン・サンダー(1939 - )」

イギリス、バーミンガム生まれ。チェロと作曲を父に学ぶ。9才のときにブリテンとイモージェン・ホルストのレッスンを受ける。15才でスペインに渡り、ガスパール・カサドにチェロを師事。1967年からボストンのニューイングランド音楽院の指導者陣に名を連ね、同音楽院のユースオーケストラでレコーディングをおこなう。1979年セミプロのオケ、ボストンフィルを組織。

・ボストンフィルハーモニー管弦楽団 プロムジカ合唱団
S: ラベッレ Ms: フォーチュナート T: クレスウェル Br: アーノルド
(1990年1月、1995年5月   スタジオ録音)

Caltonから発売されているCD。ボストンフィルはサンダーによって組織されたセミプロのオケのようです。全体に一般的なブライトコップ版の演奏と比べるとかなり速いテンポを採用、曲全体で一時間を切る演奏です。
楽譜に書かれたテンポ指定に忠実に従った演奏として発売当時は話題となりました。使用された楽譜はブライトコップ版が基本、奏法もごく普通のモダン楽器奏法です。

ただし第一楽章300小節のトランペット・ティンパニを四分音符ではなく8分音符のきざみとし第二楽章352小節のティンパニの音型がトランペットと同じ、第三楽章53小節の第1拍めの第1ヴァイオリンの音がDなど、ブライトコップ版とは明らかに異なるベーレンライター版に反映されているいくつかのアイディアも取り入れられています。
その一方で、第一楽章の416、501小節で第1ヴァイオリンをオクターヴ上げるようなワインガルトナーによる慣習的な改訂を採用している部分があったります。

第一楽章は402小節から異様に速いテンポとなり、速いパッセージにオケが必死に付けています。
第二楽章冒頭のティンパニの第1音と次の音の間が異様に長いのが特徴的、しかし前のめりになるようなズン・・・ドコとした響きに思わず苦笑。
中間部トリオでは導入部411小節のPrestoが猛烈に速く(ブライトコップ版の全音符=116ではなくベーレンライター版が採用している倍テンポ)、なんとそのままのテンポでトリオ進んでしまいます。その結果、木管と弦楽器が競い合うようにせわしく駆け回る結果となり、これではいくらなんでも不自然だと思います。

第三楽章も速いテンポ、しかしこれはワルツのような優雅な雰囲気が独特の心地よさを感じさせます。ところが99小節のLo stesso tempoからいきなり加速。
第四楽章は序奏のチェロ、コントラバスが雄弁に歌い116小節からの第2ファゴットもチェロと同じ旋律をしっかりと吹いています。バリトン独唱のTo-neはG-F。
歓喜の歌の再登場前の1,2番ホルンの経過句はブライトコップ版と同じ型。
Alla Marciaもちょっと速すぎ、543小節からの歓喜の歌は始めのテンポに比べて異様に速いテンポで再現されます。

合唱はアンサンブルが荒く多少走り気味、Andante Maestosoもふわふわ浮き足立っているような印象でパンチに欠けますがトロンボーンのアクセント強調が特徴的な二重フーガは雄大な出来。851小節のPrestissimoはPrestoの遅いテンポで通過、MaestosoからPrestissimoにかけては猛烈な速さで駈け抜けていました。

これは、ある種際物めいた演奏で、楽譜に書かれたテンポ設定にこだわるあまり融通のきかなさと不器用さが感じられます。優れた演奏に聴かれる霊感も感じられず聴いていて不自然な部分がずいぶんとありました。
オケは何かをやってやろうとする心意気は伝わりますが、部分的に出てくるザンダーの極端に速いテンポに十分に付いていけない部分が散見されます。
(2006.11.05)