「ハンス・シュミット=イッセルシュテット(1900 - 1973)」 ベルリン生まれ、本名はハンス・シュミット。ベルリン大学でヴァイオリンと作曲を学び、ニキシュの影響を受け指揮者を目指し、独学で指揮法を学ぶ。 ウッパタール歌劇場のヴァイオリン奏者から練習指揮者となり、ロストック、ダルムシュタットの各歌劇場の指揮者を歴任。その後30代でハンブルク国立歌劇場の首席指揮者となり、1942年にはベルリン・ドイツ歌劇場の総監督に就任しています。 1945年にはハンブルクの北ドイツ放送交響楽団の創設に深くかかわり、戦争でドイツ各地に散り散りになっていた優秀な演奏家たちを集め、このオーケストラを短期間で世界的なオーケストラに育てました。1970年ベートーヴェン生誕200年記念公演を指揮するために来日。 シュミット=イッセルシュテットに直接会った人によると、恰幅が良く目がぎょろりとしていて大きな牛のような人だったそうです。 非常に気さくな人で、「なぜ、俺はこんなに長い名前なのだ」とぶつぶつ言いながらサインしたという話もあります。 シュミット=イッセルシュテットの録音歴は長く、ドイツ物以外にもシャブリエやシベリウス、バッハの「イタリア協奏曲」の自身の管弦楽編曲版のような珍曲まで、非常に幅広い曲のSP録音があります。 有名なものとしては、ウィーンフィルとのステレオによる初のベートーヴェン交響曲全集があり、これはいまだに人気の高い息の長い名盤。 得意としていたブラームスは意外に少なく、ハンブルクの放送局に残っていた放送用ライヴをまとめた交響曲全集が追悼盤のような形で西ドイツのアルティアからLPが発売されていました。これは日本でフィリップスレーベルから1981年に4枚組LPの形で発売。現在はSCRIBENDUMとEMIからCD化され、比較的入手は容易です。 交響曲のスタジオ録音では、他に北ドイツ放送響との第2番(SP盤)と第4番もありました。 私個人では、LP時代に日本コロンビアから千円盤で出ていたハンガリー舞曲集全曲が思い出深い演奏です。当時LP1枚で全曲を収録した音盤は珍しい存在でした。 第3番は、北ドイツと南ドイツを代表する放送オケによる以下の2種類が出ています。 ・バイエルン放送響 1967年 ライヴ録音 ・北ドイツ放送響 1969年 放送用ライヴ録音 1969年盤は先に紹介したアルティア原盤のもの。バイエルンとのライヴはTAHRAから出ている3枚組CDセットに含まれているものです。 もうひとつ第3番のライヴとして、バイエルン放送響とのGreenhillから出ている海賊盤CDもありますが(録音年の表記はなし)、今回聴き比べてみたらTahra盤と同一の演奏でした。 ・北ドイツ放送交響楽団 (1969年 2月4,5日 ハンブルク ムジークハレ 放送用ライヴ録音) シュミット=イッセルシュテットの死後、北ドイツ放送局に残されていたブラームス演奏をまとめて発売した中の1枚。1962年の「ハイドンの主題による変奏曲」から死の一週間前の1973年録音の第4番までの10年間の記録ですが、演奏スタイルにほとんど変化がありませんでした。 ブラームスの故郷ハンブルクで日常の電波に乗っていた放送用録音で、大地にしっかり根をおろした巨木のような風格を持つ名演。 第1楽章冒頭の柔らかな響きはメゾフォルテ気味、深い余韻を持ちながら大河のような悠々たる流れを見せます。101小節では深いベースとコントラファゴットの響きの上に乗る雄大なホルンの響きが印象的で、弦楽器のシンコペーションも雄弁。リピートなし。 ゆったりとしたテンポで始まる第4楽章冒頭、じっくりねかせた低音が深い所で徐々にボディブローのように効いてきます。第2主題の柔らかさと三連続符の刻みも正確。216小節と217小節ではティンパニ加筆。149小節からの嵐の去った後、264小節以降の木管楽器の余韻が、祭りの後の情景のようなほのかな寂しさを感じさせています。終結部の改変はあり。 北ドイツ放送響を自由に遊ばせ、北ドイツ風の質実剛健さというローカルさを感じさせながら、普遍的な説得力を持つ名演奏だと思います。 今回聴いたのは、1981年にフィリップスから出た国内盤初出LPです。音の柔らかさ響きの余韻ともに十分で特に不満は感じませんでした。 ・バイエルン放送交響楽団 (1967年11月9日 ミュンヘン ヘラクレスザール ライヴ録音) こちらは南ドイツの放送オケの雄、バイエルン放送響客演時のライヴ。 重厚さの中にライヴならではの燃焼度の高さを感じさせる名演。 第1楽章冒頭は悠然とした開始、実に良いテンポの第一主題、ヴィヴラートをたっぷりかけたヴァイオリン。クラリネットソロ後のヴィオラの2分音符も表情豊かです。リピートはありませんでした。183 - 193小節のオケが複雑に絡む部分は多少ぎくしゃくして、他流試合のライヴゆえのほころびはありますが、熱い推進力の前にはそれほど気にはなりませんでした。 必要にして十分の歌心に満ちた第3楽章は、中間部52小節、第2主題は極端に早く推移し、87小節目のディミヌエンドで急速に音量が落ちています。後半部分、空中に浮遊しているかのようなクラリネットソロが実に美しく響きます。 早いテンポで始まる第4楽章は、十分な重量感を保ちながら、リズムは冴えて軽やか、北ドイツ盤で聞かれたティンパニの加筆はなし。終結部の改変はあり。 シュミット=イッセルシュテットの棒に敏感に反応するオケの機動力と透明な響きが印象に残りました。 今回聴いたTahraとGreenhillのCDは、演奏時間表記は異なっていますが、第1楽章の展開部と第2楽章途中の聴衆の咳き音が一致していて、明らかに同一の演奏です。 しかし聴いた印象は全く異なるものでした。音の広がり、演奏の熱気、細部の明瞭度、いずれを取っても海賊盤のGrennhill盤が上。特に白熱したフィナーレの熱気はかなりの温度差があります。 一方のTahra盤は美しい響きであるものの、去勢されたかのような力のない柔らかな音になってしまっていました。ピッチも多少低いようです。これは明らかにマスタリングの責任。 このTahraのセットには翌11月10日とされるR.シュトラウスの交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」が収録されており、Grennhill盤には、シェリングをソリストに迎えたベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲がカップリングされています。 この3曲が一晩のプログラムであったことが想像されます。(曲の順序は不明、ヴァイオリン協奏曲がメインであったかもしれません) (2005.04.04) |