「ブラームスの3番を聴く」39・・・・イギリスの指揮者たち ボールト
「サー・エードリアン・ボールト(1889 - 1983)」

今回は「惑星」の初演者として名高いサー・エードリアン・ボールト。
イギリスのチェスター生まれ、少年時代にシュタインバッハの指揮のロンドン響によるブラームスの演奏を聴いて指揮者になることを決意。ライプツィヒ音楽院に留学し大指揮者ニキシュに師事。1914年からロイヤル音楽カレッジの教授、1930年から創設まもないBBC交響楽団の音楽監督を務め、その後1950年から引退する1979年までロンドンフィルの音楽監督、会長を務めたイギリス指揮界の重鎮。

日本では伴奏録音が多かったのと、紹介された録音がイギリス音楽中心だったために、「惑星」専門の指揮者のような扱いを受け不当に軽い評価しか受けませんでしたが、ベートーヴェン、ワーグナーやブラームスなどのドイツ系の作品にも説得力のある名演を残しています。ボールトはニキシュのみならず、ハンス・リヒターやシュタインバッハ、ワインガルトナーと接触があり、ドビュッシーの演奏も直接聞いたことがあるそうです。

フリッツ・シュタインバッハの薫陶を受けたボールトにとって、ブラームスは特別な作曲家でした。自分が確信を持って指揮することができるようになった35才まで、ただ1回の例外を除いてブラームスの交響曲を演奏することはなかったそうです。

第3番は二つのスタジオ録音があります。

・フィルハーモニックプロムナード管   1955年?
・ロンドン響              1970年

いずれも全集中の1枚。

・フィルハーモニックプロムナード管弦楽団
(1955年ころ     スタジオ録音)

イギリスのレーベルPyeによる1950年代初めの全集録音の1枚。録音はモノラル。
オケの実体についてはロンドンフィルの契約上の変名という話を聞きますが、他の常設オケの変名で使われている場合もあり、本当のところは良くわかりません。実際聴いてみると、個々のソロもうまいし、アンサンブルも悪くありませんが、ロンドンフィルにしては弦楽器が薄い気がします。
あるいは、ロンドンの常設オケのピックアップメンバーと腕利きのフリーランサーを集めた録音用のオケかもしれません。

弦楽器の編成が小さいために、各声部が手に取るように判る室内楽風のブラームス。
オケの響きそのものは素朴で渋い響きです。遅いテンポで素っ気無いほど淡々と演奏しています。ちょい聴きにはヘタな演奏と誤解を招きそうな演奏ですが、スコア片手でじっくりときいてみると、実に奥深いところで音楽が鳴っています。

第3楽章の弦楽器のコシの弱さとティンパニに明瞭度が欠けるのが難ですが、楽譜に謙虚に従う中、譜面にないちょっとしたダイナミックスとテンポの微妙な揺れがあとに続く曲の変化を絶妙に予見し大きな効果を上げていました。
これが、ブラームスの演奏のノウハウを誰よりも忠実に作曲者自身から会得したシュタインバッハ直伝の演奏とでもいうのでしょうか。第4楽章の179小節でのベースの抉るような刻みなど、同じシュタインバッハの弟子であったクナッパーツブッシュと似た表現が随所で聴きとれました。第1楽章リピート有り。終結部の改変なし。

今回聴いたのはイギリスPyeの50年代に発売されたモノラルLP。残響の少ない痩せた響きはこのころのPyeの録音独特のもの。80年代のCD登場期にイギリス盤CDでこの全集は時々見かけましたが、それ以後CD復刻はされていないようです。

・ロンドン交響楽団
(1970年 8月13,14日 ロンドン キングズウエイホール スタジオ録音)

EMIへのブラームス交響曲全集中の1枚、他の3曲はロンドンフィルですが第3番のみはロンドン響。ボールトと共演した際にその音楽性の高さに感激したヴァイオリニストのメニューインが特別に楽団員として録音に参加したというエピソードのある全集です。

ボールトの録音は「惑星」以外ほとんど無視されていたため、このブラームスも長い間国内で発売されず、1983年にボールトの追悼盤として始めて国内で紹介されました。
数年前、交響曲全4曲収録で1,200円前後の輸入CDセットが出回り、これが「男が背中で語るブラームス」というキャッチフレーズがうけて、東京HMVで記録的な売上げとなりました。(ただしこのCDは第3番冒頭が一瞬欠けているそうです。)

演奏は大変な名演でした。毅然としてパリッとした格調の高いブラームス。
どちらかといえば楷書風のきちんとした演奏ですが、細かな部分一つ一つに深い味わいを感じさせる演奏で、ロンドン響のメロウな響きも魅力的。

第1楽章の展開部の大きな広がりと188小節目の複雑なホルンの強奏、燻し銀の名演という言葉が陳腐に聞えるほど、気品のある演奏でした。リピート有り。
古典的な格調の中に息づくロマンの香り、第3楽章のチェロとヴァイオリンの掛け合いなど、オケが共感を持って演奏しているのが直に伝わってきて、聴き手の心を打ちます。
肩の力の抜けた自然の第4楽章は、75小節目から加速、143小節あたりからタメを作り、149小節で大きく爆発。186小節の巨大なクレシェンド、211小節でのティンパニのゴーという強打など凄まじい響きです。218小節以降も感動的な盛り上がり、終結部への自然な減衰も見事。終結部の改変なし。

今回は、1983年にボールトの追悼盤として出たEMIの国内盤LPで聴きました。
同じ全集でAngelの英盤LPも有りますが、艶のある響きの豊かさで、僅かに英盤の方が上のようです。
(2005.04.14)