「ブラームスの3番を聴く」46・・・ルーマニアの指揮者たち3 チェリビダッケその2

今回はチェリビダッケ40代のライヴ、ミラノのイタリア放送局管弦楽団との演奏を聴いてみました。
以下が今回聴いた3種の楽章毎の演奏時間です。
    
          I     II    III     IV
イタリア放送管     9'06"  10'15"   6'20"   9'43"
ロンドン響       9'49"  10'54"   6'49"  10'43"
ミュンヘンフィル    9'58"  10'40"  6'50"  9'52"

・ミラノ・イタリア放送局管弦楽団
(1959年 3月   ミラノ イタリア放送局オーディトリアム ライヴ録音)

ヒストリーから出ていた激安セットのチェリビダッケ編中の1枚。ヒストリーのシリーズは出所不明の怪しげなものが多いですが、このチェリビダッケのセットはイタリアのチェトラ社の正式ライセンスを得たものであるとの表示があります。録音状態は1959年のライヴとしては良好の部類でステレオ録音、分離ははっきりしませんが大きな広がりがあります。

ノーテンキなアバウトさから、数年前にリストラされ統合されてしまったミラノのイタリア放送局のオケですが、ミスが各所で散見されるものの、アンサンブルはチェリビダッケの睨みが隅まで行き届きがっちりまとまっています。おそらく相当ハードなトレーニングがあったのだと思います。

1959年の3月から5月にかけてブラームスの交響曲全曲演奏会があったようで、このセットには4曲とも収録されています。

音楽を磨き上げ、自己の世界に深く没入するあまり音楽が停滞してしまったミュンヘンフィルやロンドン響との演奏のようなことなく、自然の勢いの中に自分の感情を素直に表現した結果大きな普遍性を獲得することに成功した名演でした。

第1楽章は早いテンポで開始、勢いもありフレッシュな爽やかさも漂います。36小節目クラリネットソロ前の音の絞り具合も自然。54小節目からは内声のチェロの強調も心地よく響きます。リピートなし。うねりながら次第に加速する様はあたかもフルトヴェングラーがとり憑いたかのようです。
182小節の壮絶な盛り上がりの後、201小節のヴァイオリンの大きな歌から静けさを誘引する終結部への以降も見事。

第2楽章第二主題の孤独を感じさせる表情。62小節以降の深く沈潜していくヴァイオリンとチェロのからみと終結部の大きな歌、第3楽章の中間部で聞かれる木管の時おり立ち止まるような表情も印象に残ります。第3楽章のホルンは大きなミスもありますが、ソロでの太い音色は魅力的。

ゆっくり開始の第4楽章は次第に加速、上へ上へ盛り上がり、登りつめた149小節でトランペットが張り切りすぎて音が潰れてしまうのが惜しい。しかし音が奔流となって荒れ狂いこの嵐の後のヴィオラの絶妙なpp、ここでの静けさとの対比は相変わらず見事なものでした。終結部はチェロのみ改変。

40代にして既に巨匠の貫禄が感じられる名演でした。フルトヴェングラーの影がちらほらと垣間見えるのが面白いと思います。やがてチェリビダッケは独自の世界を切り開き、孤高の道を行くことになります。
(2005.05.06)