「ヴィトルド・ロヴィツキ(1914 - 1989)」 ロシア領のタガンロフ生まれ、指揮をヒンデミットに師事、ポーランド放送響を創設、ワルシャワ国立フィルの総監督になるなど、20世紀ポーランド音楽界の重鎮。 ロヴィツキといえば、「ワルシャワの秋現代音楽祭」の主催者としてペンデレツキやルトスワスキといった作曲家の紹介者としての印象があります。晩年はバンベルク響も指揮。 録音もドヴォルザークの交響曲全集や超個性的な「展覧会の絵」などかなりの数が出ていました。 ロヴィツキのブラームスは交響曲の全集録音があります。 ・国立ワルシャワフィルハーモニー管弦楽団 (1967年 ワルシャワ スタジオ録音) 全集中の1枚。今回聴いたのは、おそらくポーランドのムザ原盤をCD化したと思われるダンテから出ているCDセット。 あれよあれよと驚く間もなく早く駆け抜ける第1楽章第一主題、2番括弧内でさらなる加速、その結果短い展開部がますます短くなった印象です。その後101直前で突然の急ブレーキ、再現部分でまたもや加速188小節などやたらと早く唖然としてしまいます。 リピートなし。194小節目の5、6拍目をがくんと落とすなど、意表を突く極端なテンポの変化が各所でありますが、終結部への減速は静かに自然でした。 たっぷりとした弦楽器の歌が心地良い第2楽章。中間部軽々とした表情を見せる飄々とした第3楽章は、ホルンソロが実にうまく聞かせます。 第4楽章は32小節目からテンポアップ、Eでタメをつくりながら盛り上がり、134小節で突然のパウゼがあり、ここでぷつんと緊張の糸が切れてしまいました。終結部の改変なし。 早いテンポの中、内声部の強調や突然の急ブレーキなど、かなり個性的な演奏でした。 オケは楽器が良くないためか、ずいぶんと鄙びた鳴りの悪い響きです。 「スタニスラフ・スクロヴァチェフスキー(1923 - )」 ポーランドのルヴォフ生まれ、ピアニストを目指し、13歳でベートーヴェンのピアノ協奏曲でピアニストデビューを飾っていますが、手を痛めピアニストの道を断念。その後パリで作曲をN.ブーランジェ、オネゲルに、指揮をクレツキに学ぶ。国立ワルシャワフィルの指揮者を経て1958年にセルの招きで渡米。以後メトロポリタン歌劇場、ウィーン国立歌劇場の定連となり、1960年から1979年からミネアポリス響(現ミネソタ管)の音楽監督。1984年から1991年までハレ管の音楽監督。 N響や読響の定期にも登場し、ザールブリュッケン放送管を振ったブルックナー交響曲全集の名演で人気上昇中のスクロヴァチェフスキー。録音はミネソタ響時代から数多くあり、ラヴェルの管弦楽曲全集やヘンデルなど、明晰でモダンな名演を残しています。 ブラームスはハレ管時代に交響曲全集録音があり、ポーランド放送響を振った第4番もCD化されています。 ・ハレ管弦楽団 (1987年 11月25,26日 マンチェスター・フリートレードホール スタジオ録音) イギリスのレーベルIMPへの全集録音中の1枚。国内ではファンハウスから出ていました。 明晰でズバリと有無を言わせぬ演奏。意外なところで内声部を強調したり、極端なアクセントを付けたりといった幾分アクの強さも感じられます。詩情にも欠けていませんが、常に遠くから離れて冷静な目で見ているような冷たさも感じます。 スクロヴァチェフスキー時代のハレ管は、ロッホラン時代よりも合奏の凝集度が高くなり、ぎっしり詰まった聴き応えを感じます。 第1楽章は22,23小節目のsfを極端に強調、幾分手探りで進むような慎重さが感じられるのが不思議。リピート有り。ウン・ポコ・ソステヌートでは細かなテンポの変化を見せ、101小節目の弦楽器のシンコペーションに乗ったホルンの響きは、夕映えのような美しさを感じさせます。 丁寧でゆっくり歌う第2楽章は弦楽器のことさらのヴィヴラートなど、ロマンティックさが漂いますがどこかクールな雰囲気。第3楽章のホルンソロ登場前のテンポと色彩感の変化は見事なもの。 第4楽章は抵抗感なく、するすると展開していきますが、オケが充分に鳴りきらない不満が残ります。これはオケの限界点なのかもしれません。 スクロヴァチェフスキーがいろいろな箇所で大きな仕掛けを試みますが、オケが十分に反応しきれていないもどかしさが残りました。 (2005.05.09) |