「ベートーヴェンの7番を聴く」77 フランス系の指揮者たち2 パレー
ポール・パレー(1886〜1979)

パレーはフランスの指揮者とはいえ、フランス物のみならずシューマンやブラームスなどの独墺系の作品にも名演を残しています。
ベートーヴェンはスタジオ録音に1,2、6(2種),7番の録音が有り、特に「田園」はモダンオケの演奏としては史上最速の演奏として有名です。
他にライヴ録音も複数残されており、未発売のものを含めれば全9曲が揃います。

・デトロイト交響楽団
(1953年 2月13-20日 デトロイト メイソニックホール スタジオ録音)

演奏の感想の前に重要なことを一つ。

今回聴いたのは、マーキュリーのオリジナルLPと、同じLPを再生しその音をCD化した、いわゆる板起こしのグランドスラムから出ているCDの二つです。
元の素材は全く同じものですが、聴いた印象は全く異なりました。

最初に聴いたのはグランドスラムのCDです。

以下がその時の感想。
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端正な演奏で洗い晒しの木綿布のような清潔感があり、オケの細かな動きは見事に音になっています。しかし演奏そのものはごく普通の水準の出来。パレーの演奏にしては魅力に乏しい演奏でした。潤いに欠ける乾いた音がはなはだ興を削ぎます。
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ところが、オリジナルのLPを聴いた時の印象は・・・・・・

スッパリ竹を割ったような爽やかさと充実した中低音が印象的。ガッツのある底力
のある着実な歩みが心地よい名演でした。

全然演奏の印象が変わってしまいました。そのあたりの理由は後述します。

第一楽章冒頭和音は一点を照らすスポットライトのような短い音。続く序奏は比較的遅いテンポで進行。八分音符のffが非常に短く、Vivace前の66小節で小さなタメを作ります。146小節からのpoco a poco cresc.で1拍めにアクセント付加。
再現部300小節のオーボエソロの後で、ヴァイオリンのリズミックな刻みが表に出たり裏となったりと変化していくのが面白いと思います。
330小節では、1番クラリネットのスラーと2番クラリネットのスタカートが同時に進行するわずか一小節の中での変化も明確に表現。
コーダでは、ヴァイオリンのアコーギクを4小節単位で変化させ、しだいに速め盛り上げます。430小節で一旦テンポを落とし、さらなる盛り上がりを演出。

鄙びて枯れている第二楽章は、ぼそっとぶっきらぼうな低音弦楽器の歩みに対してヴァイオリンが格調高く歌います。主題が始めて強奏される練習記号Aからのクレシェンドは凄い迫力です。
51小節からの息の長いクレシェンドでテンポを早めていきます。テユッテイの管楽器が遠くで聞こえます。
213小節で僅かに力を溜め220小節で僅かに速めてコーダに突入。249小節のさりげないテヌートも印象的。

第三楽章は遅めで落ち着いた雰囲気ですがフォルティシモが金属的に響きます。
ffではトランペットが絶叫する生々しさ。221小節のトランペットからホルンに受け渡される下降音型のトランペット部分にアクセント。

第四楽章では後打ちの低音の強調が物凄く、その都度カウンターパンチのように聴き手を襲います。溌剌としたリズムに固い響き。92小節目からの長大なティンパニのクレシェンドを経て、130小節めのショスタコーヴィッチの交響曲第5番第1楽章冒頭に似た部分でヴァイオリンにぐぃーっと力が入ります。最後の追い上げのコーダでは410小節から一気に加速していました。

明晰にして清潔感の感じられる演奏でした。一糸乱れぬオケのアンサンブルも見事なもの。
パンチの効いたリズムにこの曲の生命とも言える溌剌たる気分はきっちりと音となっていました。

さて今回の視聴に用いた二つの音源。
素材は全く同じものですが聴いた印象は全く違いました。

オリジナルLPは、コントラバスの濡れるような豪快な低音が強調され、奏者の息遣いまでストレートに伝わってきます。

一方のCDは音のリアリティには優れていますが演奏全体が平板に聞こえ、特に第三楽章のフォルティシモでは高音が強調され金属的に響くのが気になりました。

50年代前半のマーキュリーのLPの録音特性は、後に標準化されたRIAAカーヴでなくAESカーヴを使用しているようです。
http://www.ann.hi-ho.ne.jp/aria/amp/EQ-curve.htm

このカーヴを見ると低音部分がRIAAカーヴよりも伸びています。
グランドスラムのCDは、低音から高音までフラットに聞こえるので、AESカーヴに忠実に再生していると思います。

一方オリジナルLPを私の一般的な装置で再生すると、RIAAカーヴ対応なので中低音が実際よりも強調されてしまいます。

私の再生環境は、モノラルLPはデンオンのモノラル専用カートリッジDL102に、プレーヤーはビクターのQLA7。
アンプはアキュフェーズのC280にパワーアンプは友人が作製してくれたウエスタンの真空管300Bを用いたシングルアンプ。(使用真空管は米ウエスタンの純正品です)
スピーカーはスペンドールのBCUで、パワーアンプ以外はいずれも古い機種です。

グランドスラムのLP再生環境は、私のものとは比べ物にならないほど優れている装置を正確に調整したうえで使用しているはずです。

しかし聴いた印象としては、正しい環境で再生したはずのグランドスラムのCDの音は硬質で平坦に聞こえ、一方のLPを再生した音は男性的なガッツな持ち味があり、こちらの方が、今までのパレーの芸風のイメージに近いように思いました。
特に熱気を帯びて突き進むフィナーレには興奮させられました。

以上はあくまで私の個人的な感想です。RIAAカーヴで再生したとはいえオリジナルのLPの方がパレーの剛毅な芸風がストレートに伝わってくるように思いました。
初期LPの再生の難しさを痛感しました。
(2011.12.31)