「ベートーヴェンの7番を聴く」81・・・ヴァン・ベイヌム
「エドゥアルド・ヴァン・ベイヌム(1901 - 1959)」

オランダのアルンヘム生まれ、10才で地元のオーケストラのヴィオラ奏者となり、
ハールレム交響楽団の常任指揮者を経て、1939年からメンゲルベルク、ワルターと並んで名門アムステルダムのコンセルトヘボウ管正指揮者に就任。1946年にメンゲルベルクがナチスドイツに協力したため追放されるや、コンセルトヘボウ管の首席常任指揮者となりました。

以後57才で急逝するまでその地位にあり、その間ロンドンフィル(1949 - 1950)ロスアンジェスルフィル(1956 - 1958)の常任指揮者を歴任。
1959年、コンセルトヘボウ管とブラームスの交響曲第1番のリハーサル中に心臓発作で死去。

メンゲルベルクが徹底したリハーサルで世界最高性能のオケに鍛え上げたコンセルトヘボウ管弦楽団を引き継いだベイヌムは、水準を落とすことなく素晴らしい録音の数々を残しています。
ところが、モノラルからステレオ録音への移行期に急逝してしまったために、多くの録音は知られることがなく、たまにCD化はされても極端に売れず、いつもあっという間に廃盤。

ベイヌムのベートーヴェンの交響曲録音は非常に少なく、スタジオ録音では一番マイナーな第2番のみ。他に「英雄」のライヴ映像があるくらいです。

・フィルハーモニア管弦楽団 
(1958年11月10日 ロンドン ロイヤルフェスティバルホール ライヴ録音)

1958年の10月から11月にかけてフィルハーモニア管は、クレンペラーとの2度目のベートーヴェンチクルスを計画しました。

ところがクレンペラーは気管支炎にかかってしまい、さらに入院中に寝タバコの火が毛布に引火、慌てて枕元にあった液体を降りかけたところそれはカンフル(強い引火作用があります)でした。結局大やけどを負い入院が長引くことになります。

急遽このベートーヴェンチクルスの何晩かをベイヌムが振ることになりました。

ちょっと脱線しますが、この時のクレンペラーの代役を探すにあたって面白いエピソードがあります。

この時、ベイヌムがスケジュールの都合で「第九」の晩に出演することができなかったために、当時のフィルハーモニア管のオーナーだったワルター・レッゲは、クレンペラーに「第九」の代役の指揮者について意見を求めました。
レッゲが候補として用意していた11人の著名指揮者を全て否定したクレンペラーは、作曲家のヒンデミットの名を上げたそうです。

自作の指揮やウィーンフィル初の来日公演などで、指揮の実績はそれなりにあったヒンデミットですが「第九」のような大曲の指揮者としては未知数でした。
レッゲは大いに躊躇したものの、クレンペラーの強い押しがあったので結局ヒンデミットに指揮を依頼することになりました。

ところがヒンデミットが振った演奏会は大失敗で、惨憺たるものになりました。

演奏会の様子をレッゲがクレンペラーに報告したところ、クレンペラーは「当り前だろう、アイツ(ヒンデミット)にベートーヴェンが振れるわけがないだろう。冗談だったのだよ」と言い放ったそうです。


第7番はベイヌムが振ったチクルスの4回目にあたり、この日は「コリオラン」序曲と、交響曲第2番も演奏されています。

ちなみにベイヌムはLPOの常任指揮者時代の1949年にベートーヴェンチクルスをおこなっていて、このときの演奏ではホルンと木管楽器を増強して演奏したそうです。

このフィルハーモニア管とのライヴは、整った透明な響きの中に各声部が見通しよく明快に浮き上がる見事な演奏でした。
ベイヌムのスタジオ録音を聴いていると、地味で幾分時代遅れの古めかしさを感じさせる場合があるのですが、この演奏は華もあり大指揮者らしい風格も感じられる雄大な名演奏でした。

さらにいくつかの部分で驚きの改変があります。

ガツンとした巨大な巌のような第一楽章冒頭和音からして気合充分。
大地にしっかり踏みしめた弦楽器の刻みの中音楽が次第に高揚していきます。
主部のVivaceは落ち着いた雰囲気が支配。
強固なフォルテと自然なクレシェンド。オーボエソロはテヌートで吹き抜けていました。
最後の320小節のティンパニのクレシェンドも強烈です。

第二楽章冒頭和音の深い余韻、高い品格も感じられ充実した低音に乗って良く歌う素晴らしい音楽が展開していきます。
ここで275小節からの最後の4小節をピチカートで演奏していました。
http://www.numakyo.org/cgi-bin/beet7.cgi?vew=54

これはクレンペラー、クライバー父子、そして最近ではジンマンが実行しています。
ベイヌム自身の意思なのか、クレンペラーの影響なのかを知りたいところです。

第三楽章の中間部アッサイメノプレストは速めとし、フォルテシモも余裕を持って鳴り響きます。プレスト前のpppの緊張感も素晴らしく、396小節3拍目と397小節1拍めのティンパニ強調。
オケの士気は非常に高く、さりげない部分の完成度の高さも特筆もの。
483小節からの2番ホルンの低音の動きなど尋常でない雰囲気です。

ところがフィナーレ冒頭でいきなりテンションが下がってしまいました。息切れしたのでしょうか。
次第に持ち直し、クレンペラーの演奏同様に412小節のティンパニに猛然たるクレシェンド付加。
ここでトランペットパートに驚きの改変。
コーダの終盤、438小節と440小節の譜面上のG-DをG-Fisと変えていました。これはクリュイタンスがパリ音楽院管を振ったライヴと同じ改変です。
http://www.numakyo.org/cgi-bin/beet7.cgi?vew=5

ただ、クリュイタンスの演奏はこの部分のトランペットを非常に強調していたために違和感が大きかったのですが、ベイヌムは見事なバランスでトランペットを吹かせ、大きな厚みを演出しています。
コーダは凄まじいまでの嵐の音楽。
最終場面のティンパニのフォルテシモのトレモロに、大きなクレシェンドを付加していました。

ライヴながら非常に完成度の高い演奏で、大曲ほど実力を発揮したベイヌムの重量級の名演でした。終演後の観客の熱狂も凄まじいものでした。
今回聴いたのはBBC LEGENDのCDです。モノラルながらバランスよく音を捉えていると思います。



(2012.05.07)