今回は、ボールトの4種の「惑星」を個別に紹介します。
・ BBC交響楽団
(1945年 1月2日〜5日 スタジオ録音)
1930年に創設されたばかりのBBC交響楽団は、ボールトが初代音楽監督を務め、その水準を上げるのに貢献しました。演奏は楽譜に極めて忠実にインテンポでびしっと決めた演奏。BBC響も当時の優秀な楽団員を集めただけあって、個別のソロもなかなか聴かせます。“木星"では木管を強調した愉悦感はなかなかのもの。ただボールトの指揮は即物的で後の演奏に比べると面白みに欠ける傾向がありました。
・ウィーン国立歌劇場管弦楽団、ウィーンアカデミー合唱団
(1959年 4月 スタジオ録音)
ボールト3度目の録音にして初のステレオ録音。他の4つがイギリスの楽団だったのに対しこれはウィーンのオケを振った他流試合ともいえる演奏です。
この頃の録音でよく登場するウィーン国立歌劇場管弦楽団の実体には二通りあって、ひとつはオペレッタを中心に上演している国民劇場のオケ、もう一つはウィーンフィルの母体となっている国立歌劇場のオケです。このボールト演奏は、個別の演奏者の水準の高さから推測すると後者だと思います。
ウィーンのオケがホルストを演奏したのはおそらく初めてなのでしょう。“火星"では5拍子のリズムに旋律が完全に乗りきれず大幅にズレたりしています。
全般にボールトが強引にオケをドライヴしたといった印象で、リズムの重さが気になりました。ただBBC響との録音に比べると、ウィーンのオケ独特の弦楽器のしなやかさが“金星"や“木星"の中間部で独特の美しさを見せているのも事実です。
中でも“天王星"の遅いテンポには驚きました。ボールトの他の演奏と比べても最も遅く、曲全体にグロテスクなユーモアが漂っている実にユニークな演奏でした。
・ニューフィルハーモニア管弦楽団、アンブロジアンシンガーズ
(1966年 7月 スタジオ録音)
ボールト77才、老いの翳を微塵も感じさせない若々しく輝かしい演奏。
“火星"の終結部直前では、譜面にないタムタムのクレシェンドを加え、終結部分も猛烈にアチェレランドして終わります。清楚な美しさを見せた“金星"、軽妙な“水星"も文句のない出来。暗く重々しい“土星"との対比も見事なものです。
輝かしく喜びに満ちた“木星"では、愛に満ち高貴な歌わせかたを見せる中間部分が実に感動的な出来です。“木星"に関してはこの66年盤が、ボールトの演奏中最高の出来だと思いました。私個人としては、ボールトの“惑星"の中では、この演奏が最も好きな演奏です。
・ロンドンフィル、ジェフリー・ミッチェル合唱団
(1978年 スタジオ録音)
ボールト88才にして最後の「惑星」となりました。66年盤が熟成したワインとすれば、こちらは響きも解釈も純粋に結晶化した高級吟醸酒の世界。
壮絶なフォルティシモ部分でもけっして騒々しさを感じさせない“火星"は、終結部直前のタムタムのクレシェンド追加が66年盤と同様であるものの、終結部では楽譜通りのラルガンドを強調してゆっくりと終わります。
外面的な効果とは無縁な“木星"、その中間部のマエストーソは、自作自演と同様に早いテンポでさらりと流していますが、そこに漂う滋味溢れる歌いまわしは他の指揮者ではけっして真似のできない世界です。高度に昇華された“海王星"は、心に染み入るような美しさで、合唱の絶妙な歌わせかたとともに深く印象に残りました。
(2002.08.09)
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